デ・レーケ堰堤群

デ・レーケ胸像

 京都府山城町を流れる天井川・不動川の源流部に治水の歴史が残されている。
明治初期、御雇技師としてオランダから招聘されたヨハネス・デ・レーケが淀川改修の際試験的に作った砂防工の跡である。
彼はこの後淀川はじめ木曾三川・常願寺川・田上山鎧ダムなど様々な事業を指導し帰国した。
 いま、不動川の堰堤群付近は砂防の歴史を伝える施設として整備されている。公園の中ほど、堰堤の上にはデ・レーケの胸像が立ち谷を見下ろしている。

堰堤群

 淀川河口に港を築くにあたってデ・レーケは土砂流出対策を重視し荒廃した山地の回復をも指示、ここに堰堤が築かれた頃には禿山だった不動川の谷も今は鬱蒼と茂る森林である。

聖牛 水場
相谷池 溜池の大堰堤

 公園は親子連れで賑わっている。親が焼肉の準備をしているあいだ子らは水辺でてんでに遊び虫を追ったりしている。
川ガキの絶えないうちは日本もまだ大丈夫かもしれない。
 なんの説明もなしにぽつんと聖牛が置かれていた。まさかここに水制を作るわけはないので展示物なのだろう。

撮影日 2002.8.4


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