時代劇ロケ地探訪 谷山林道

 谷山林道は高雄の奥にある林業のための道。太秦からは周山街道をゆけば案外近い立地なので、旅ものを撮る際けっこう頻繁に使われる。地道の脇に祠を置き茶店をセットすれば、もう何の違和感もなく「昔の街道」が出現する。中山道や甲州街道、各地の峠になぞらえて、昔から数限りなく使われてきた場所である。

切り通し 分岐 作業場 崖道

 林道にもいくつかの表情がある。赤土の肌が露出した切り通し、細道へ分け入る坂、広場に屹立する松、作業用に切られた崖の細道などさまざまな微地形が、馬子がゆく街道や、茶店のある峠道や追い剥ぎや刺客の出る難所などに用いられる。


 谷山林道の大きな特徴は、赤土の見える切り通し。砂土ではなく、さくさくと崩れやすい岩が層を成している。触ってみると、ぽろぽろとたやすく剥離する。切り通しの下にいると、乾いた音を立てて小石が転がってくることもある。この特徴を生かして、ムードある画面が作られる。
 両側が切り通しのこの道は、なんといっても三匹が斬る!のオープニングが印象深い。もちろん本編中でも何度も出てくる。京極夏彦「怪」の御行の又市登場シーンもここで、百姓から訴状を託された又市は切り通しの底に立っている。鬼平犯科帳でもよく両側が切り通しの物件が出てくるが、特定しにくい例が多い。「駿州・宇津谷峠」はおそらくここと思われるが、一方のガレの色や形に疑問が残る。「埋蔵金千両」や「さざ波伝兵衛」などにも、両側切り通しのシーンがある。大滝の五郎蔵が鬼平の密偵となる話「敵」の、五井の亀吉の息子が五郎蔵を仇と吹き込まれ斬りかかってくる三国峠は、間違いなしにここ。
ここは大立ち回りにも使われ、両斜面に敵方が展開し殺到する場面などによく映える。

 片側が切り通しの道もよく使われる。崖も高いの低いのさまざまで、大名行列が通ったり、早馬が向こうから走ってきたりと場面も多様。上から大岩を落として、主人公を害そうとする企みもなされる。
 新三匹の侍では、巡礼姿の賞金稼ぎの女がやっと牢から出してやれた男の変節を見て刺し殺すシーンが、片側が切り通しの山道。抜き身をひっ下げて駆けつけた流右近に、女は賭けに負けたと呟く。切り通しを背景にして巡礼の持鈴がアップになるシーンは印象的。
おしどり右京捕物車「蹄」では、神谷右京の死闘が繰り広げられる。役所の都合で存在を抹殺された同心に我が身を重ねた右京は、その未亡人とともに越谷宿まで出向き、博労たちと事を構える。半身不随の右京の乗った箱車は押し手の妻と離され、悪者の手によって坂を転がり落ちてゆき横転。しかし不屈の男は箱車をストックで押し上げ、坂を登り戻ってくるのだった。

 メインルートから各作業場へ入る分岐点も、よく使われる。坂の下に茶店をあしらう例もよく見る。アングルによって趣きがずいぶん変わるので、同じ個所でも異なったシチュエーションが展開される。
 例えば三匹が斬る!では、分岐部分が温泉宿へのアプローチで、客引きが出ている。1983年版大奥では紀州山中の峠に使われ、分岐の更に奥に騎馬の吉宗がいて、とてもわかりやすい峠の画になっている。

 分岐に入ってメインルートを見下ろす構図もよくある。北大路欣也版子連れ狼では、一刀に山彦が仕掛けられる回で、五の組の襲撃を受けた大五郎の箱車がこの崖から落ちかかり危機一髪という緊迫のシーンがある。

 舗装が終わり地道がはじまるところは頂上付近、作業場になっていて材木が積まれている。ここは広く開けていて、崖の端に高い松が生えている。このかたわらに茶店をあしらって、街道筋のできあがりとなる。
松の向こうは落ち込んだ急崖、木に寄って目線を上げれば山なみ越しに空が青く映り込む。このアングルは峠の表現に好適。1983年版大奥最終話、官軍を率いた桐野利秋が駿府城を見遣る峠はここ。城を遠望するカットが切り替えられて、松を背負った軍隊が映し出される。

 轍があるのに驚かされるほど狭い危なっかしい道や、切り通しと植林杉の組み合わせ、片側が急崖の道など、いずれもいつかどこかで見たような個所ばかり。三匹が斬る!シリーズを見ていると、これでもかというくらい様々な例が見られる。
必殺仕置人「お江戸華町未練なし」では、仲間と別れ江戸を去る念仏の鉄の姿が見られる。このシーンに先立って主水が共に行くか残るかをコイントスで決める場面があり、その際使った裏目しか出ない銭をこの山道で割ってみせ、鉄は「世の中裏目ばっかりよ」と呟き去ってゆく。

 山なみを遠望する場面も多い。崖の際に立って国見をする大名、これから向かう国を見やる旅人、江戸をあとにした逃亡者が見返る峠など、いろんなシチュエーションがある。
このほか、「美濃の国」「伊賀の里」などとテロップを入れてそれらしく見せるイメージカットにも多用される。
また、眼下にさっき通ってきた道が見えるが、赤土の切り通しなので遠目にもよく目立つ。ズームしてゆくと追う対象が道をゆくのが見えるという、凝った演出もなされる。
 忠臣蔵 決断の時では、大石内蔵助をお供に遠乗りの内匠頭が、領地を眺めやるシーンがある。この際には赤穂城のある千種川河口付近の絵が合成されている。合成もよく見るが、ほとんどは富士山。

京都市右京区梅ヶ畑

谷山林道ロケ使用例  ・1989年以前 ・1990年代 ・2000年以降

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*特定材料に乏しい地形なことに加え現在も林業に使用されている所なので、この記事に挙げたものも使用例データにあるものも厳密な同定は困難であり、誤謬が含まれる割合が高いことをお含みおき下さい。


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