時代劇ロケ地探訪 御香宮

 御香宮神社は伏見九郷の産土、祭神は神功皇后で、安産に霊験あらたかとされ信仰を集める。宮の名は社前に湧き出る「御香水」に由来し、名水百選に選ばれたそれを求めてポリタン族が詰めかけるが、基本的には地元の方がお参りなされる静かな神社で、「ごこんさん」と呼ばれ親しまれている。
いかにも伏見らしく、桃山文化の香りを伝える豪奢な装飾が施された拝殿や本殿が陽光を浴びて煌くさまが美しい、華やかなお宮さんである。

 時代劇ロケは古いものが多く最近作ではあまり見ないが、境内のそこかしこがドラマを彩ってきた。使用例で圧倒的に多いのは、大川橋蔵がいなせな岡っ引を演じた、888回も続いたシリーズ・銭形平次


表門 北門

 繁華な大手筋を西へ、近鉄の高架をくぐって奈良街道である国道24号へ突き当たる手前に、ごこんさんは鎮座する。大手筋に面して建つ門は、伏見城の遺構。裏門に当たる北門もなかなかに味わい深い作りで、毛利橋通に面している。通りを隔てて北の町名は羽柴長吉、町割にも城下町の名残を色濃く残す風情も、伏見を歩く楽しみのひとつである。
表門は劇中には出てこないが、ごこんさんが史跡として紹介される際には、主にこの門が使われる。

参道 北望 参道脇 貸衣装店

 山門からまっすぐ北に伸びる参道には、石畳が敷かれている。両脇には摂社や各種施設が並ぶ。
もうここからロケ使用例があり、橋蔵版銭形平次の初カラー作品「風車の唄」では、薄幸の女が歩む印象的な石畳。平次のライバル・三輪の万七の息子のため手柄を立てさせてやるペーソス溢れる情話「万七手柄」では、哀愁に満ち満ちた万七父子がゆく縁日が参道に演出されている。女掏摸に関わった平次がお武家の内情に関わってしまう「多喜之助は何処に」では、将軍家大事の際にと旗本に託された五万両の埋蔵場所が参集殿前の参道だったりする。
参道右手の摂社・桃山天満宮から参道を見たアングルも使われる。栗塚旭が新選組の鬼副長を演じた名作・新選組血風録「鴨千鳥」で、局長近藤勇の佩刀・虎徹で縁のあった女と思いもかけぬ再会をした土方歳三が、彼女を鴨の河原へ行こうと誘うシーンが、そのアングル。
山門を入ってすぐ左手には貸衣装店があり、花嫁衣裳を着込んだ女性が本殿へ向かう姿も見られる。ここの塀は海鼠壁で、時折背景に映り込むこともある。

参道石段から拝殿を望む 本殿前回廊
本殿 回廊 見返り

拝殿 参道を更に進むと石段があって、拝殿(左写真)に導かれる。豪奢な飾りを施された拝殿からは、回廊を通して本殿に至る。回廊にはずらりと献灯が掲げられていて、これを保持する型枠が劇中でよく目立つ。

 キネマの平次の代表格である長谷川一夫、数多く撮られたうちの一本銭形平次捕物控 女狐屋敷では、奇妙なにわか教団に因縁のあるお師匠さんが夜参りのお宮さん。怪しの者どもの襲撃を親分が防ぐ。お参りのシーンは回廊越しに本殿前を見るもので、その後の立ち回り場面はここの弁天社に似るもののセットっぽい。橋蔵版のテレビシリーズでも参詣場面によく使われ、平次夫婦が仲良く連れ立って拍手を打つシーンもある。
結束信二脚本の第二東映で撮られた幕末もの照る日くもる日では、深川八幡として登場、拝殿正面を若き里見浩太朗が通る。中身は実は勤皇の志士の八卦見な近衛十四郎を訪ねるくだりで、「易者」は本殿脇に店を出している設定。
将軍家斉の弟ながら町医者として市井に暮らす正義の味方を描いた松平右近事件帳「お犬様罷り通る」は、お犬様のご託宣と称し凶事を言い当てる怪しの行者が出る話。そのうちのひとつ、神田明神裏で女が首を吊りかけているとの託宣を聞いた町衆が現場に急行するくだり、先駆けてやしろに走りこむ右近のシンパ・梅吉の姿が回廊で撮られている。渡辺篤史演じる梅吉が駆け込むシーンでは鳩が一斉に飛び立ち、迫力ある絵になっていた(吊りかけの矢場女は猿田社前)

本殿裏手

 本殿の外囲いは透垣、よくある造りだが、菱欄間と基壇の間にある漆喰壁のクロス模様が特徴。ごこんさんロケでは最も頻度の高い場所で、各種お宮さん境内はもちろん、市中設定でも使われる。本殿東側には縁日がよくあしらわれる。
橋蔵版銭形平次では、張り込みや尾行等で角をうまく使うほか、格子の隙間から平次親分に爆弾が投げつけられる派手なシーンなどもある。夜間撮影も頻繁に行われている。内陣から透垣越しに外を見るアングルは、栗塚旭主演の活劇・「すばらしい明日」でも登場する。

拝殿脇から本殿 拝殿 樋水受

 拝殿はきれいな装飾が目立つ正面はあまり使われなくて、側面や裏手がよく出てくる。
橋蔵版銭形平次「私の好きな平次親分」では、平次ファンの碁会所の看板娘が、身分を隠して探索に来た親分を賊の一味と思い込んでつけてくるくだりで使われた。岡崎友紀演じるおきゃんな娘と、佐藤蛾次郎演じる瓦版売りが、たまたまやって来た八五郎にアレを捕まえてと指差す「ガラのわるい怪しい平次」は、拝殿脇を尻っ端折りしてすたすたと歩いている。
拝殿裏にある樋の受け口は、防火用水仕立てになっている。これが映り込んだ印象的な例は橋蔵平次「夏の終り」、ハナ肇演じるテキ屋から逃げた女房の言い訳の回想シーン、旅先で降られ商売もままならず雨宿りの軒先が拝殿裏の縁先で、樽が映り込んでいる。このほか「謎の夫婦雛」では、軽業師の娘がならず者にからまれひらりと縁先に飛び乗るのが拝殿縁先。

絵馬堂

 絵馬堂は拝殿の真東にある。奉納された大絵馬の中には、御香水に関するものもある。風が吹き抜けるひんやりとした床には、夏の陽射しを避けて寝ているオッチャンもいたりする。
橋蔵平次では、絵馬堂も頻繁に登場する。掏摸に財布をやられたお静が「岡っ引の女房の癖にと怒られる」とおろおろ八五郎に訴えていたり、俄かの土砂降りに雨宿りのテキ屋衆が天を仰いでいたりする。「魔がさした祝言」では、松本錦四郎演じるニセ旗本にたばかられ賊を逃がしてしまう場面で、絵馬堂周辺がたっぷり使われる。萬屋錦之介の仕掛人梅安では、梅安の殺しを見た娘を消すつもりで尾行していた彦次郎(中村賀葎雄)の場面で出てくる。娘が彼らの「仲間」の小杉浪人と落ち合うのを見て暗殺は中止されるが、彦さんは二人を絵馬堂で目撃する。

舞台

 拝殿の西、社務所の南には舞台がある。各種の催しに使われるほか、結婚式の記念撮影も行われる。舞台奥の板壁には松柏が描かれている。
橋蔵版銭形平次「節分の女」は、嵯峨三智子演じる婀娜っぽい芸者が、病んだ間夫に代わって彼を陥れた者どもに制裁を加える話。はじめの殺しが行われるのは節分の宵、追儺の舞にやって来ない札差の旦那に焦れた世話役たちは、平次親分に舞手の代役をつとめてくれと頼み込む。断りきれなくて仕方なく舞う親分、その舞台がここ。鬼退治の踊りには渡り廊下から舞台まで使われている。舞いおさめ豆まきも終えた段で、札差の変死が伝えられる。

本殿脇祠 猿田社 東照宮
手水場 桃山天満宮 玉垣 絵馬堂南面

 門を入ってすぐの参道脇に桃山天満宮があるほか、本殿まわりに摂社や末社が数多ある。これらも、ドラマを彩る点景として登場する。
本殿の東と北にある祠は、劇中のものと今とでは少し形が変わっている。この祠は、見張りの際親分が身を隠していたり、悪党がツナギをとっていたり、前にテキ屋が露店を出していたりと、橋蔵平次で頻繁に出てくる。
北東隅にある猿田社も頻出ポイント。他の摂社と鳥居の形が違うので容易に見分けられる。橋蔵平次では、怪しさ満点の御高祖頭巾の女が入って行ったり、親分に情報提供しようとしていた女中が殺される明神境内だったり、迷子石のある湯島天神境内設定で石と代書屋を配してあったりする。
北西隅の東照宮もよく出てくる。玉垣際を使う例が多く、いいのも悪いのも含めて人目を避けての談合のシーンのほか、人が斬り殺されたりしている。新選組血風録「鴨千鳥」では、土方歳三を庇ったせいで職を追われた女が、ばったり会った芸妓の幾松姐さんと話すのがここ。料亭をやめた彼女が道端に筵を広げて商いをしているのは絵馬堂の南の植え込み際で、設定は三条室町の辻。
参道石段を上がって右手には手水場、本殿まわりが使われる際よく映り込んでいる。橋蔵平次では、深川八幡で祭りの準備をする町衆が石段下に幟を立てている情景などもある。

桃陵団地 御香宮は、近代の幕開けとなった歴史の舞台でもある。大政奉還後時勢は急速に動き、旧幕府勢は追われるように京を退去し伏見に陣を構えた。先鋒をつとめる新選組が拠ったのは伏見奉行所、いま桃陵団地が建っているところで、ごこんさんからほんの少し南に当る。薩摩は御香宮に布陣し四斤山砲を龍雲寺山に据え奉行所を砲撃、鳥羽伏見の戦いのはじまりである。
栗塚旭主演の燃えよ剣「砲声」では、当の御香宮と思しき境内で薩摩軍布陣シーンが出てくる。
写真は「蔵」ふうに装飾された、奉行所跡に建つ桃陵団地の壁。近鉄京都線の車窓からも見える。

京都市伏見区御香宮門前町

 →御香宮ロケ使用例一覧


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