時代劇ロケ地探訪 高島の里

 本邦における陽明学の祖・中江藤樹の生誕四百年を記念して作られた伝記映画「近江聖人 中江藤樹」は、故地で撮影を敢行した意欲作。
わけても、聖人の故郷である高島市の各所で撮られた映像はことのほか美しく、いままで湖国で行われた様々なロケともまた違った趣で味わい深い。
主人公・中江与右衛門を演じているのは、今や「助さん」として定着した原田龍二。「格さん」も出ているほか、名優・名脇役も多数出演していて見もの。

鵜川 山腹から見た琵琶湖

鵜川四十八体石仏 大洲藩士の与右衛門が一時帰郷するシークエンスで出る琵琶湖は、上写真のごとく高みから見下ろすアングルで登場する。
岸から見る湖もいいが、高所から見遣る美しさは格別で、頭より先に体が反応する。
与右衛門の帰郷は母への孝心が動機だが、この湖の絵を見ると、帰りたかったんだな、と妙に納得がいってしまう。

 この映画の琵琶湖がどこで撮られたものか、厳密な特定はできていない。この写真は、鵜川四十八体石仏へ向かう道の途中で撮影したもの。
因みに、この石仏群はカルトムービー「幻の湖」で使われていて、けっこう有名。

安曇川町横江の用水路

水面のアップ 高島から新旭町にかけて、鴨川と安曇川がつくる広大な平地に水田が広がる。湖に近いところでは、よく整理された区画に縦横に水路が張り巡らされている。
そのうちの一本を用いて、与右衛門が故郷を離れるシーンが撮られた。

 幼い与右衛門が、彼を養子に貰い受けにやって来た祖父と出会う道端もここで、祖父の従者を演じた福本清三氏がにっこり微笑む絵は、上写真右の水面を背景にしている。
画面には明瞭に映っていないが、左写真のごとく澄んだ水を豊富に流すクリークで、川面に突き出ているのは繁茂する水草。
夕暮れの絵もあり、まことにリリカルな情景だった。

新旭町饗庭 大国主神社

 大国主神社の長い参道では、一揆寸前の民衆を鎮める郡奉行・与右衛門のシーンが撮られた。舞台は大洲、鎮圧に出向いた役人が子供まで蹴散らすのを、若き「藤樹先生」は黙過できず介入、理屈を言い立て役人を追い返した与右衛門は、傷ついた子を抱き寄せ侍の非道を詫び、百姓たちに年貢軽減を約束する。
両に繁った竹林がなかなか雰囲気で良い絵なのだが、ヤブ蚊にとってもよい環境らしく盛大に血を吸われ、長く跡が残って参った。

安曇川町南古賀 安曇川

 脱藩して故郷に戻った与右衛門が、里人と心を通わせるきっかけとなった一大イベントの「架橋」は安曇川で撮られた。
大洲での弟子たちもやって来て協力、馴染みの犬も登場する。確認できていないが、大洲のシーンも幾つか安曇川で撮影されている模様。
画面からは、撮影時増水ぎみだったことが窺える。

藤樹神社に建てられたセット
藤樹神社鳥居 藤樹神社境内の水路

 「小川村」には、藤樹先生をお祀りする神社があり、記念館などの施設も付帯する。映画では、境内の一画に凝った「実家のセット」が組まれた。今は撤去されて無いが、藤樹記念館に写真が残されている。上に挙げたセットの写真はそれを撮影させて頂いたもの。
鯉泥棒が出たり、弟子入り志願の熊沢蕃山が粘って座り込みを敢行したりする門口は、上写真下段右の水路端に設営された。

新旭町太田 上原酒造

 扶持を離れた「藤樹先生」が思い立ったたつきの道は、酒の小売り。仕入れに行ってはじめすげなく断わられるも、大小を手放す決心をしてからは協力的になる酒屋のシーンは、高島市にある老舗の造り酒屋で撮られた。入口のほか、店内での撮影も行われ、清冽な水が滾々と流れ続ける「かばた」も映っている。この酒屋さん、ここまでやるかというくらい古式にこだわり手間隙かけた酒造りをしておられて、一徹さがどこか藤樹先生に通じて面白い。もちろん、頂いて帰ったお酒は極上の味わいだったほか、良心的なお値段でまことに有難いのだった。
甕を置いて、てんで勝手に汲ませ任意に料金を入れさせるシーンは、先に述べた藤樹神社水路端の「門前」。

安曇川町下古賀の農地 左は野道の郷

饗庭の山 先生の墓を訪ねる侍が、聖人への畏敬ゆえ衣服を改めてくる農夫に驚くという著名な逸話は、映画では大塩平八郎の展墓として扱われている。
野良仕事中の農夫に道を聞くシーンは、安曇川の谷口に広がる農地で撮られた。背景の山の向こうは饗庭の基地で、左写真の切り通しが映り込んでいる。ここは、父が幼い与右衛門に不戦の思想を説く場面でも登場する。

安曇川町上小川 玉林寺

 大塩展墓の場面は、実際に先生の墓がある玉林寺へスイッチ。礼服に着替えて案内してきた農夫は、門の外に控え大塩に礼拝を促す。元となった逸話では、この礼のとりかたから里人の敬意を覚ることになっている。芦屋小雁演じる里人が額づくシーンは、上写真左と同じアングルで墓標越しに撮られている。実際には境内から出てきた格好になるのだが、説得力の高い絵に仕上がっている。

馬方又左衛門宅跡 陽明園
藤樹書院址 藤樹書院前の水路

 映画のエンディングには、さまざまな故地が映し出される。新旭町の道端に残る「正直馬子」の家跡の碑や、中国式庭園・陽明園や、私塾跡の藤樹書院などが次々出てくる。書院址の門前には清冽な水が流れる溝があり、鯉が群れ泳ぎ往時を偲ばせる。もちろん魚を盗ったりする者はいないのだが、鳥除けの紐が張られていて、劇中に出てくる不心得者を一喝する村娘のシーンと重なり笑いを誘う。

滋賀県高島市

→ 「近江聖人 中江藤樹」 視聴記


・ロケ地探訪目次 ・ロケ地探訪テキスト目次 ・ロケ地資料 ・時代劇拝見日記
・時代劇の風景トップ ・サイトトップ