時代劇の風景  ロケ地探訪

犬飼天満宮

 桂川の支流・犬飼川が盆地へ出るあたりの山際に、天神さんを祀った古社がある。
低い生垣を隔てて山王寺が隣接するが、これは明治の神仏分離令によりわかれたもので、もとは天神さんや山王さんに寺が一体となった神宮寺だった。
摂津から丹波へ通じる街道からすこしはずれた里にあり、宮前に聳える巨杉と川堤の桜もよき眺めとなる。

天神橋

 盲導犬を連れた訓練士さんが見られる里の道を北に入ると、山際を流れる犬飼川に朱橋が架かっている。
これは天満宮正面に渡された参詣道で、名も天神橋という。1993年に架け替えられる前は木橋であった。橋正面に天満宮、右手に山王寺がある。

参道 入口の大杉
大杉と舞殿 拝殿

 鬼平犯科帳第一シリーズ「兇剣」では、上洛した長谷川平蔵が京都町奉行所与力・浦部彦太郎に勧められて奈良見物に出かけるくだりがある。
この際、道中で助けを求め縋ってきた娘を拾ったことから浪花の大盗賊・高津の玄丹に狙われる運びとなるが、これが差し向けた浪人隊との死闘が繰り広げられる柳本の里のシーンが天満宮で撮られた。
刺客迫るを察した平蔵は、天満宮参道を走りぬけ天神橋を渡りきったところで向き直り、くるくると羽織を脱ぎ目釘を湿す。斬り合い直前浦部与力を脱出させ、大殺陣がはじまり宮前の道から境内へと移動してゆく。与力を逃がすことに専念した平蔵は苦戦を強いられ危地に陥るが、ここに親友・岸井左馬之助がどすどすと橋を渡って駆けつけるのであった。浦部が馬に乗り駆け去るシーンでは、山王寺の門も映る。刺客の一部は川へ入り、這い上がって鬼平の背後に回ろうとする、このシーンは犬飼川を使ってダイナミックに撮られている(右上は犬飼川、天神橋たもとから)

山王寺 正面 本堂
鐘楼 山門 天満宮前から

 鬼平犯科帳3「隠居金七百両」は、平蔵のどら息子・辰蔵が茶店の小女に岡惚れしたことが盗っ人の隠し金を巡る騒動を明るみに出す話。
辰蔵が目をつけた娘がさらわれるくだりで、山王寺と天神橋が使われた。
爽やかに風渡る青田をバックに、辰蔵はぶつぶつとナンパする手立てをひとりごちながら娘のあとをついてゆく。やがて娘が渡る姿見橋が宮前の天神橋、辰蔵が参道の灯籠前でうかがっていると大杉の裏からならず者が現れ、娘を拉致してゆく。このあと南蔵院と設定された山王寺へ入り監禁という経緯で、賊は大きく崩れた土塀から境内へ入ってゆく。あとを追って入る辰蔵のシーンではお堂や鐘楼も映り、お地蔵さんが手前にある。
 鬼平犯科帳4「霧の七郎」では、兄を死刑にされた恨みで執拗に平蔵を狙う盗賊・霧の七郎のアジト・渋谷村の金王八幡宮として山王寺が使われた。飴売りに変装して張り込む密偵・彦十が賊の一味に怪しまれ小突き回されるのに原田大二郎演じる浪人が介入する、冒頭のシーンである。霧の七郎は騒ぎを聞きつけ境内から出てきて、浪人の人体を見定め鬼平への仕掛けに使うべく雇いこむのだった。この作でも崩れた塀が印象的に映りこんでいる。

 印象的な山門左手の崩れ土塀は、現在生垣に変わっている。山王寺は長らく無住であったというから、撮影当時はその面影を残していたのかも知れない。ただ、凝った画面で知られる「鬼平」のことであるから、よくできた作り物を持ち込んだ可能性大アリ。

 「隠居金七百両」は高田砂利場村、「霧の七郎」は渋谷村、「兇剣」は大和柳本といずれも設定は郊外である。
高田の南蔵院は円朝の怪談噺ゆかりの地で、門前には小川が流れていたという。原作にも駘蕩とした田舎の情景が書かれている。
渋谷村の金王八幡宮は曾我兄弟捕縛の金王丸ゆかりの宮、現在大都会のただ中となり面影も無いが、江戸名所図会に描かれたさまは鄙びて慕わしい。
奈良の柳本は今でものどかな田園地帯で、原作には詳しく情景が書かれている。広い街道とされているから山の辺の道ではないだろうが、祟神・景行陵にほど近いあたりは犬飼の里によく似ている。

*前述のとおり、木橋だった天神橋は鉄製に架け替えられた。例に挙げた三作では、いずれも木橋が映っている。橋脚が映っているものもあり、見るだに危なっかしい態で架け替えもやむなしと思われる。新橋はすっきりした簡素なデザインで、巨杉とよくマッチした眺めはこれはこれでわるいものではない。

京都府亀岡市曽我部町犬飼

→犬飼天満宮ロケ使用例一覧


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