時代劇ロケ地探訪 上賀茂神社

 上賀茂のやしろは寺社仏閣ひしめく京にあってもひときわ古くゆかしい社で、地域の歴史は縄文期まで遡る。また、この社と下鴨神社は神域に小川を持つ、京でも珍しいやしろである。上賀茂・下鴨両社とも頻繁に使われるが、上賀茂は江戸の市街地に、下鴨は江戸近郊に模して用いられることが多い。明るく開けた上賀茂の境内と、鬱蒼と繁り暗い下鴨の社叢と、カメラがとらえる像はそれぞれに趣深い。
 本殿を挟むようにして西から御手洗川が、東から御物忌川が南下してきて楼門前で合い、ならの小川と名を変え境内の東方を流れてやがて社外に出る。やしろの外には神官たちの住まいであった社家町が今も残り、ここを流れるときは明神川と再び名を変える。

■ ならの小川

 上賀茂ロケというと圧倒的にならの小川。百人一首にも詠まれた歌枕は「江戸の川」として数え切れないほどいろんなドラマの舞台となった。岸辺から手を伸ばすとたやすく水に触れられる水量豊かな小川は、心象風景を端的に表現するアイテムとして重宝される。汀が草深い下鴨の泉川とは異なり、切石を用いて作られた護岸が町なかの風景としてしっくり来る。

神事橋 神事橋たもとの水場
神事橋 西望 神事橋下・右岸の岸辺
 二の鳥居から奈良社へゆく道には神事橋という小さな石橋が架けられている。浅く反った橋には欄干も付いていて風情たっぷり。この神事橋では、御家人斬九郎最終話の印象的なシーンが撮られた。兄の横死を追及し巨悪に立ち向かう斬九郎が「最後の死闘」に向かう雪の夜道で、蔦吉姐さんは行くなと言えず万感の思いを込め傘を渡す「貸すんですよ、傘。返しておくんなさいね」。この橋は斬九シリーズで何度も使われたお馴染の場所なのである。
 神事橋たもとの水場では、ありとあらゆる時代劇で様々なドラマが展開された。悩みを打ち明けたり、辛い過去を回想したり、流水はその喜怒哀楽来し方行く末を無言のうちに語る強力な媒体となる。
 橋たもとの右岸には立木が川に近いところにある。鬼平犯科帳「女掏摸お富」では、長谷川平蔵がその身の上の哀れさに一度は見逃してやった女スリが、もう用もないのに血が騒いで仕出かした犯行を鬼平に見られ、手の筋を斬られるシーンに使われた。
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 神事橋下手の河畔もよく使われる。右岸側には小道が沿い、山森社・梶田社の摂社が並び囲いの玉垣がよい点景となる。この祠は尾行の際身を隠すのに最適。
橋下手では、川中に子供が入って蜆をとっていることがよくある。河畔での立ち回りが勢い余って水中に殺到してくることもある。茶店があしらわれることも多い。たいていは川端に床机が置かれる程度だが、川に床をかいての大層なセットも見られる。
右岸から摂社を見る 川中から神事橋を遠望
左岸・摂社前の小道 北望 左岸・摂社前の小道 南望
 子供の蜆とりは時代劇の定番、家計を助けて働く幼子が一生懸命ザルを振るう。その健気なお子がとんでもない難儀に見舞われるのが吉宗評判記 暴れん坊将軍「蜆汁から弾丸が出た!」で、孝行息子が売った蜆にたくさんの人が中り彼は捕われてしまう。坊が蜆をとったのがならの小川で、浅草辰巳堀という設定。蜆に含まれていたのは鉛で、新式の銃弾を密造している武家屋敷から垂れ流されていた。廃液が出ている掘割には大覚寺の堀を使ってあり、こことうまくつなげてある。
立ち回りが殺到してくる例で面白いのは剣客商売「深川十万坪」。竿が当ったと子供にからむ侍を、怪力で鳴らす金時婆さんがやりこめる。侍は抜刀しているが婆さんはひるまずかかってゆき、何人かが川に叩き込まれるという痛快な場面である。設定は深川万年橋近く。
殺陣が殺到してくるシーンは昼も夜も撮られる。カツシンが豪快な御数寄屋坊主を演じた痛快!河内山宗俊では、勝新が襲撃を受ける雨の夜道で、河畔に数基のぼんぼりがあしらわれていた。

■ 北神饌所

 神事橋の東にある建物。表は蔀戸、裏は木戸で、異なった表情を見せる。横長の立派な作りで、役所やお屋敷にぴったり。

北神饌所 表側 北神饌所 裏側
渉渓園から見た北神饌所 大楠と北神饌所裏手
 新必殺からくり人「荒井」では、荒井の関所として使われた。江戸時代の役所なので、蔀戸を隠すため幔幕が張られている。
裏手では、丹下左膳 剣風!百万両の壺が印象的。左膳が隻眼隻手となる起こりのシーンがここで、左膳は隠密と判明した神島小十郎を斬りにゆくのだが、小十郎が萩乃と相合傘で歩いてくる雨の道が北神饌所の裏手。左膳は仲代達矢、萩乃は夏目雅子、小十郎には名斬られ役の福本清三氏、このあとすぐに斬られている。
映画町奉行日記 鉄火牡丹では、カツシン演じる濠外掃除のお奉行が健士隊の若いのを煙に巻いていた。これも三隅監督の尻啖え孫市では、ヨロキン演じる雑賀孫市が木下藤吉郎に信長の妹が所望とブチ上げる。2002年の怪談百物語「耳なし芳一」では、ぼろぼろの琵琶法師が村人に平家物語を語る。
御所舎 奈良社 二の鳥居
 北神饌所以外にも神事橋付近の施設が使われる。ならの小川とセットの使用が多い。神事橋を西にゆくと御所舎があり二の鳥居前に出る。東にゆくと奈良社がある。奈良社から走り出てきて神事橋を渡り、二の鳥居前まで駆けてゆくシーンなどもある。
暴れん坊将軍 III「これぞ庶民の目安箱」は米価吊り上げに爆弾まで使う物騒なワルのお話。これについてお庭番の報告を聞く上様の姿が御所舎前にある。

■ 渉渓園

 曲水の宴が催される庭。苔むした中を遣水が流れる。中央には根方から分枝した大きなスダジイが生えている。

渉渓園のスダジイ 渉渓園 拝殿
山口社 渉渓園の遣水
 鬼平犯科帳「春の淡雪」では、スダジイが目黒の一本杉として使われた。悪に引き込まれてしまった火盗改の同心が、身代金を持ってきた商家の主に従いてきた下男がおかしらと知り観念して自刃するのがスダジイの根方。木には注連縄があしらわれ根方には石仏が置かれていて、周囲にはスモークが焚かれる。
このほかいろんな作品で拝殿がツナギの場所に使われたり、摂社の石段からわらわらと刺客が降りてきたりする。

■ 社家町

 境内を出たならの小川は明神川と名を変え、神官たちの住んだ町・社家町へ流れてゆく。各家に橋が渡されているのが特徴で、川の水を邸内に引き込み池泉に導く屋敷もある。いま明神川畔の道は舗装路で車も通る。ゆえにさほど頻繁に使われるものではないが、水量豊かな小川のある町はよい景色。家並みが映るので、ならの小川よりもっと町らしい画が撮れる。

社家町を流れる明神川 明神川と藤木社
 映画町奉行日記 鉄火牡丹水戸黄門では地方の町に使われている。飛騨高山や吉野のという設定で、小京都によく似合う。岡っ引どぶでは市中で女たちが洗濯をしている川に使われた。栗塚旭が土方歳三を演じた燃えよ剣では京の町。

☆上賀茂神社ロケ使用例一覧
京都市北区上賀茂

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