1938.5.1東宝
菊池寛原作の、芸の鬼・坂田藤十郎を描く一話。
元禄半ば過ぎの京が舞台、名人芸のやつし事で絶大な人気を誇る万太夫座の坂田藤十郎だが、江戸からやって来て向かいに一座を張る山下七三郎に耳目は集まってゆき、新しい芸を創出することに躊躇した藤十郎は飽きられ、万太夫座は一時休止にまで追い込まれる。
起死回生を希う藤十郎のもとに届けられた近松門左衛門の新作狂言は、まだ京の人々の記憶に新しい姦通事件を題材にしたもので、藤十郎は密夫の実芸を体得できず悩みに悩む。工夫つかぬまま迫る初日、離れで台本を被って不貞寝しているところへやってきた茶屋の女将を見た藤十郎は、貞女と名高い未亡人に心にもない秘めた恋の打ち明け話をしてのける。迫る藤十郎にただよよと泣くばかりの女が、吃と向き直り今の言葉は本心かと問うたその顔を見届けた「芸人」は天啓を得るが、生身の「男」は怖じて去る。
たった今得た「工夫」をすぐさま稽古に持ち込む藤十郎、女形に女将の仕草を叩き込む。公開の惣稽古は評判を呼び、わんさと人の詰め掛ける初日の幕が開く直前、今度の藤十郎の工夫は茶屋の女房に偽の恋を仕掛けて得たものと噂を聞いた女将は懊悩の果て奈落で自害、一座に動揺が走るが幕開けの拍子木が高らかに打ち鳴らされる。
*藤十郎は長谷川一夫、茶屋・宗清女将に入江たか子、吉左に藤原釜足。
*近松の新作は「大経師昔暦」、実際の姦通事件を脚色した世話もので、粟田口に刑死したおさん茂兵衛を描く。
*京の春を描くイメージカットの一部に松本酒造酒蔵?塔や友禅流しの川は不明。35
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