時代劇ロケ地探訪 疏水

 琵琶湖疏水は、明治初期に作られた琵琶湖の水を京都に引く水路。難工事のすえ完成した疏水は用水をもたらし舟運に利したほか、世界で二番目の水力発電所が建設され、この電気により日本初の市電が京の町を走ることとなった。

 恵みの水を走らせる疏水は良き水景でもあり、幾多のドラマの背景を彩ってきた。殊に南禅寺境内を貫く赤煉瓦造りの水路閣は、現代劇やCMではお馴染のスポット。時代劇でも、使える個所は少ないものの幾つかのスポットがある。

*琵琶湖疏水についての詳細はこちらをご参照下さい。


■ 哲学の道

遊歩道と疏水分線 喫茶若王子

 疏水の分流のひとつは北に流れる。蹴上の船溜りから南禅寺境内の水路閣を経て扇ダムに導かれた水は、いっとき暗渠に入ったあと若王子神社の前で開渠となり、山沿いを銀閣寺方面へ流れてゆく。この間の疏水分線には遊歩道が沿い、「哲学の道」として親しまれる。水路沿いにはゆかしい社寺のほか老舗の和菓子屋や土産物屋がたくさんあるが、時代劇的には俳優・栗塚旭氏が経営されている喫茶・若王子が注目スポット(現在休業中の模様)
時代劇ロケは、大川橋蔵の銭形平次での使用例が見られる。使われたのは若王子神社の少し北あたり。

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大豊神社御旅所前の疏水と喫茶店
喫茶店塀際から北望 大豊神社御旅所
 ここをたっぷり使った例は、銭形平次「お妻あわれ」。妹に財産がゆくのを阻もうとする、博打が過ぎて勘当された腹違いの兄の話。その男の女房・お妻を野川由美子が演じている。
ドラマでは、妹が勤めている湯島の料理屋のシーンが、ここの堀端で撮られた。道沿いに板塀が続く料亭「小春」に擬された建物は、現在喫茶店になっている。なぜ判るかというと、上写真下段左のアングルが出てくるからで、赤い矢印で示した御旅所の石標とその奥の建物(和輪庵)は今もあり確認できる。御旅所の建物自体は映っていないが、角を曲がったところで妹が頬っかむりの男に襲われ殺されかける場面は、御旅所前から石橋を見たあたりで撮られている。
御旅所前の石橋 右岸側の塀

 御旅所前には橋が架かっていて、これはドラマが撮られた当時と変わっていない。石橋を渡って対岸にある塀も当時のまま。「お妻あわれ」では、最初の女中殺しで怪しまれている遊び人が、料亭前で聞き込み中だった三輪の万七に見咎められ追っかけられる際に、この橋を渡り逃げてゆく。遊び人は堀端で取り押さえられるが、万七の曰く言い難い所を蹴り上げ逃げ去る。前を押さえてぴょんぴょん飛ぶ遠藤辰雄(現・太津朗)がおかしい一幕。

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宗諄女王墓所
墓所前から見た橋 絵の展示
 もう一つのロケスポットは宗諄女王墓所。伏見宮皇女のお墓で、疏水の右岸堀端の山際にある。そこへは欄干の無い橋が架かり、短いステップに導かれ塀をめぐらせているのが皇女の墓。写真にある橋に座り込んでいるのは、ここで絵を描いて売っている人。哲学の道沿いにはよくある光景で、上写真下段右のようにイーゼルに飾っている人もいる。
御旅所付近より、こちらのほうがよく撮影に使われる。「お妻あわれ」でも、万七の急所を蹴って逃げた男が首吊りを擬装して殺され見つかるのが墓所前の木だったり、嫂のお妻が義妹のお秋を呼び出して話す堀端でもあり、兄がお妻と江戸を逃げ出す段で悪者に見つかってしまう所もここ。
同じく銭形平次の「子供が見た」では、ヤクザが殺される深川弁天小橋近くの堀端。タイトル通りに子供が現場を見ており、その子の父親が疑われ投獄されてしまうが平次は子の言葉を信じて動く、という情話。
墓所前から南望 墓所前の橋 北望

 ヤクザ殺害は上写真左の木の根方あたり。ここを中心に橋や墓所前や対岸からなどのアイテムを用い、さまざまなアングルが使われ、夜間撮影もなされている。万七親分が現場に先着しており、証拠の煙草入れを隠匿したりする。
同じく銭形の「系図のない武士」では、人の家系図を奪って仕官を目論む小林昭二演じる浪人が、グルの酌婦を消そうとして失敗する堀端がここ。この作品のみカラー。

 「お妻あわれ」は1967年の放送。ドラマにある風景は大まかに見ると今も変わっていないが、周囲の建物や遊歩道はかなり違う。現在遊歩道は水際と住宅側の間に植え込みがあり、二つに分かれている。何度か改修されており、もとは敷石が無く一本の地道だった。

京都市東山区鹿ヶ谷宮ノ前町、南禅寺北ノ坊町


■ 水路出口

 大津の競艇場近くから導水された第一疏水は、三井寺観音堂の下から長等山を穿つトンネルに入り、山科盆地北端に出て蹴上に至る。ここで後に作られた第二疏水と合流する。
疏水の暗渠出口は立派な煉瓦造り。工事完成を嘉して伊藤博文や山県有朋、松方正義といった錚々たる政界人の揮毫で飾られているものも多く、日ノ岡の三条実美筆になる「美哉山河」が殊に美しい。このひとつをちょっと変わった場面に用いた例が、必殺スペシャル・大利根ウエスタン月夜に見られる。

第二疏水出口 第一疏水諸羽隧道出口

 必殺仕事人意外伝・主水、第七騎兵隊と闘う/大利根ウエスタン月夜は、必殺仕事人Vに先駆けて放送されたお正月スペシャルで、下総へ仕置に赴く筈の仕事人たちがタイムスリップして開拓時代のアメリカ西部に出現するという、考証無視の楽しいお遊び話。そのタイムスリップ現場が、疏水で撮られている。
中村主水が「利根の川風〜」と唸る船には新規参入の竜と政も乗り込み、順ちゃんは電磁石のコイルを巻いて準備に余念が無い。利根を下る船が満月のもと芦の茂みも濃い夜の流れをゆくと、何やら見えてくる煉瓦造りのアーチ。ここで中天にある月に異変、とてつもないスピードで欠け始める。こんなのは初めてと呟く船首の次郎衛門、船は暗渠に滑り込んでゆき行く手にはまばゆい光。そして出たところはモンタナの砂漠で、インディアンが走り回っていて騎兵も出て、「黄色いリボン」が鳴り響くのであった。この間、「うらごろし」にあったような民明書房的解説が被り「超科学現象」などとブチ上げて大笑いなのである。
 トンネル突入シーンに映る煉瓦造りの入口は、部分しか映っていないが造作からほぼ第二疏水出口と思われる。ここは後から作られたものなので、第一疏水のそれに似ているが少し様態が異なる。トンネルに入って混乱する仕事人たちの行く手に光が見えるというシーンは、光と闇しか映っていないので特定は困難だが、山科安朱の諸羽隧道出口などでは同じ光景を見ることができる。

京都市山科区日ノ岡町 京都市水道局内


疏水ロケ使用例

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