天正13年、太閤秀吉の甥・豊臣秀次が八幡山に城を築いたことに近江八幡の町ははじまる。八幡堀はお城の濠として作られたが、防衛としての役割のほか、琵琶湖を往来する船にここへの立ち寄りを義務づけ城下の発展を促進する企図もあった。城が無くなったあとも、堀は近江商人の物流拠点として町の繁栄の礎となった。 昔日の面影をよく残す八幡掘、時代劇においては掘割が縦横に巡らされていた深川の情景に使われることが多い。太秦からは遠いにもかかわらずけっこうな頻度で撮影が行われるのは、得難い水景であることの証左であろう。 八幡掘ロケは、主にかわらミュージアム下の船橋から新町浜にかけての区間で行われる。この間には白雲橋、明治橋の二橋が架かり、堀端もえも言われぬ風情で、江戸の水景を体現する。新町浜はよく荷揚げ場として用いられる。白雲橋は日牟禮八幡宮の参道橋で、この神社も時折使われている。 ■ 船橋付近 船橋は文字通り船の上に渡された浮橋で、この橋から西が撮影スポット。北側はかわらミュージアムで、南に渡った堀端に風情豊かな家並みが続く。もちろん、橋自身もドラマの舞台となる。
船橋付近で印象的だったのは村上弘明版銭形平次で、遠藤憲一演じる阿片密売組織と通じる大ワル同心が売人を斬り捨てるシーン。平次の恋女房・お静がこれを目撃してしまい、かわらミュージアムに通じる石段を駆け上って逃れる。八丁堀の七人では、養女のおやいちゃんを案じる八兵衛さんが船橋にいたりする。 雲霧仁左衛門(山崎努版)「狙われた男」では、浅草左衛門河岸(神田川)畔の船宿・佐原屋として、船橋たもとの家が使われた。佐原屋は雲霧の盗人宿で、ここから出て来た七化けのお千代と因果小僧六之助が、火盗改の密偵に目撃されてしまうのである。船に乗ってゆくお千代と六之助のシーンもあり、堀端に上がる姿などが撮られている。大覚寺の大沢池などと複合して使われ、矛盾なく映像をつないである。また、火盗の動きを察知した雲霧はアジトを爆破して逃げるのだが、爆発炎上シーンはもちろん合成。 ■ 白雲橋 白雲橋は日牟禮八幡宮の参道に架かるので、たもとに大きな灯籠や鳥居がある。擬宝珠は端についているが小さく欄干もシンプルで、明治橋と印象を異にする。撮影時にはもちろん止められるが、ふだんは車も普通に通る橋。1991年に暴れん坊将軍で使われたケースでは、今は無い桁隠しが見える。
白雲橋で何が印象的といって第一は、吉右衛門版鬼平犯科帳のエンディングだろう。仁和寺の御室桜のあとに来る「春」の一枚はここ、猪牙船が下ってくる情景で、手前に桜花一枝が張り出す。アングルは上写真の大きいのが近い。 ■ 明治橋 明治橋の特徴は大きな擬宝珠。白雲橋より大ぶりな欄間は実はコンクリートなのだが、よくできていて風情たっぷり。この橋から上手の蔵を見たアングルは実によい眺めで、八幡掘を紹介するパンフレットや記事によく使われる。
明治橋では、八幡掘ロケ使用例中屈指の名シーンが撮られた。雲霧仁左衛門(山崎努版)「雲霧捕わる」における、雲霧一党の小頭・木鼠の吉五郎が壮絶な最期を遂げるくだりがそれで、上写真下段左の明治橋たもとの堀端が使われた。 ■ 掘割と堀端 季節により様々な表情を見せる堀は、たくさんのドラマの情景を彩ってきた。
現地のガイドさんのロケ話によく出るのは、やはり鬼平犯科帳。二話目の「本所桜屋敷」に早や登場、彦十のとっつあんと長谷川平蔵が再会するくだりに使われた。彦十がごろつきにヤキを入れられているのが堀端で、白雲・明治の二本の橋も巧みに使われている。おかしらが船を乗り降りする場面もある。「大川の隠居」では、大滝の五郎蔵が見掛けた女を掻堀のおけいと気付くシーンに、明治橋・白雲橋間の南岸が使われた。幼子の落とした紙風船を拾ってやった五郎蔵が、蘇った記憶にそれを取り落とす印象的な場面。この部分は石畳の歩道と、水際の狭い通路を上下二段で使えるので、両方に通行人をあしらうとよい絵になる。 ■ 新町浜 明治橋の下手右岸は、明るく開けた新町浜。古い近江商人の屋敷が多く残る、新町通りに平行してある。もう一目でわかる荷揚げ場の風景で、緩やかな石段に米俵等の荷をあしらい立ち働く人々を配し、堀に船を行き来させれば完璧である。
新町浜使用例で印象的だったのは御家人斬九郎最終話「最後の死闘」。久方ぶりに訪ねてきた兄と最後の別れになってしまう堀端がここで、設定は荷揚げ場。以降、斬九郎は全てを捨てて兄の仇を討つべく適うはずもない巨大な権力に向かってゆく。 ■ 日牟禮八幡宮 白雲橋を渡りロープウェイのほうへ行くと、山裾に鎮座ましますのが八幡さま。応神帝、神宮皇后に宗像三女神を祀り、近江商人の尊崇を集めてきた。創始は上代に遡るという古社。
八幡掘使用例が多い八丁堀の七人では、京都ロケ定番のお宮さんとほぼ同じような使われ方をしている。狙う商家の鍵を手に入れた盗賊が集結する場所だったり、伝法な与力が人を説得していたりする。その与力役の村上弘明が豪放磊落な素浪人を演じた月影兵庫あばれ旅では、物騒な事件が起こる伊勢・亀山城下の八幡さま。村上版の銭形平次でも使われている。 ■ 雪の八幡掘 春の桜、初夏の菖蒲も美しく緑濃い堀端もいいが、木の葉散り堀端に明るく陽光差す真冬も格別。たまに雪なんか積もったりすると、足もとは悪いものの絶景が出現する。 雪の八幡掘には好例がある。南部盛岡からやって来た新選組隊士・吉村貫一郎の生涯を描いた壬生義士伝テレビ版において、鳥羽伏見の戦いに敗れ満身創痍となり南部藩大坂蔵屋敷に向かう、渡辺謙演じる吉村が這いずる雪の夜道が、八幡掘の堀端。ドラマではこのシーンを冒頭に持ってきてあり、印象が強い。このあと吉村の壮絶な切腹が控えているので、雪が悲壮な情感を高める。翌朝、官軍の落武者狩りの場面でも出てくる。撮られた時期からして本物の雪ではないと思われるが、八幡掘の雪景色は珍しいので貴重。 滋賀県近江八幡市宮内町 *八幡堀ロケ使用例一覧 |