時代劇ロケ地探訪 八幡掘

八幡掘絵図 天正13年、太閤秀吉の甥・豊臣秀次が八幡山に城を築いたことに近江八幡の町ははじまる。八幡堀はお城の濠として作られたが、防衛としての役割のほか、琵琶湖を往来する船にここへの立ち寄りを義務づけ城下の発展を促進する企図もあった。城が無くなったあとも、堀は近江商人の物流拠点として町の繁栄の礎となった。
 交通の発達により舟運が衰微したあと、堀はメンテナンスされなくなり水は汚れ雑草が繁茂し果てには不法投棄などで荒廃し、埋め立て話も出るまでになっていた。ここに、堀を埋めてはならないと地元有志から澎湃と声あがり官をも動かし再生に向けての取り組みが始まる。新橋架橋と舟着整備をはじめ細やかな清掃作業が行き届き、いまや八幡堀は多くの人がその情緒に魅せられ訪れるスポットとなった。堀端で画板を広げる人などは、リピーターなことが多い。

 昔日の面影をよく残す八幡掘、時代劇においては掘割が縦横に巡らされていた深川の情景に使われることが多い。太秦からは遠いにもかかわらずけっこうな頻度で撮影が行われるのは、得難い水景であることの証左であろう。
主な使用例が1980年代からなのは上に記したような事情があるからで、残念ながら大川橋蔵の銭形平次や、名作・江戸を斬るシリーズなどには時宜かなわず使われなかった(*)。言うまでもなく、「江戸の水辺」をいま撮ることは困難を極める。嵐山の水辺や大沢池のような良い水景はあるものの町なみまでは無いので、セットと組み合わせたり、果ては疏水まで使うなど涙ぐましい努力がなされてきた。吉右衛門の鬼平犯科帳や藤田まことの剣客商売をはじめ、八幡掘でたっぷり撮影できた作品は幸福だと言える。
*付記・橋蔵の銭形平次では、シリーズ終了間際に一回だけ使用例あり。

 八幡掘ロケは、主にかわらミュージアム下の船橋から新町浜にかけての区間で行われる。この間には白雲橋、明治橋の二橋が架かり、堀端もえも言われぬ風情で、江戸の水景を体現する。新町浜はよく荷揚げ場として用いられる。白雲橋は日牟禮八幡宮の参道橋で、この神社も時折使われている。


■ 船橋付近

 船橋は文字通り船の上に渡された浮橋で、この橋から西が撮影スポット。北側はかわらミュージアムで、南に渡った堀端に風情豊かな家並みが続く。もちろん、橋自身もドラマの舞台となる。

船橋 北から
船橋 南から 船橋南の家並み

 船橋付近で印象的だったのは村上弘明版銭形平次で、遠藤憲一演じる阿片密売組織と通じる大ワル同心が売人を斬り捨てるシーン。平次の恋女房・お静がこれを目撃してしまい、かわらミュージアムに通じる石段を駆け上って逃れる。八丁堀の七人では、養女のおやいちゃんを案じる八兵衛さんが船橋にいたりする。

 雲霧仁左衛門(山崎努版)「狙われた男」では、浅草左衛門河岸(神田川)畔の船宿・佐原屋として、船橋たもとの家が使われた。佐原屋は雲霧の盗人宿で、ここから出て来た七化けのお千代と因果小僧六之助が、火盗改の密偵に目撃されてしまうのである。船に乗ってゆくお千代と六之助のシーンもあり、堀端に上がる姿などが撮られている。大覚寺の大沢池などと複合して使われ、矛盾なく映像をつないである。また、火盗の動きを察知した雲霧はアジトを爆破して逃げるのだが、爆発炎上シーンはもちろん合成。


■ 白雲橋

 白雲橋は日牟禮八幡宮の参道に架かるので、たもとに大きな灯籠や鳥居がある。擬宝珠は端についているが小さく欄干もシンプルで、明治橋と印象を異にする。撮影時にはもちろん止められるが、ふだんは車も普通に通る橋。1991年に暴れん坊将軍で使われたケースでは、今は無い桁隠しが見える。

白雲橋 西面
白雲橋から東望 白雲橋上 北望
菖蒲と白雲橋 白雲橋たもとの石段

 白雲橋で何が印象的といって第一は、吉右衛門版鬼平犯科帳のエンディングだろう。仁和寺の御室桜のあとに来る「春」の一枚はここ、猪牙船が下ってくる情景で、手前に桜花一枝が張り出す。アングルは上写真の大きいのが近い。
御家人斬九郎「白魚の吉次」では、田中邦衛演じる掏摸の吉次が、蔦吉姐さんの懐に鮮やかに紙入れを「返す」シーンが白雲橋の上で撮られている。
五社英雄監督の映画・女殺油地獄では、小菊の嫁入りのくだりで見物衆がわんさと詰めかける橋が白雲橋で、背景に花火が上がる演出がなされている。これは江戸の情景ではなく、大坂の掘割。
豊川悦司が隻眼隻腕の剣士を演じた映画・丹下左膳 百万両の壺では、左膳とお藤の大喧嘩で家出した安坊をようやく探しあてる橋。
映画・蝉しぐれでは、世継騒動で消されかかったお腹さまと赤子を連れ船で城下の濠をゆく主人公・文四郎のくだりで夜の白雲橋が出てくる。橋上には悪家老一派が敷く包囲網、篝火が焚かれ橋の下も注視しているが、今田耕司演じる友人が機転を利かせやり過ごしてくれる緊迫のシーン。灯火に浮かび上がる橋や灯籠のシルエットが美しい。


■ 明治橋

 明治橋の特徴は大きな擬宝珠。白雲橋より大ぶりな欄間は実はコンクリートなのだが、よくできていて風情たっぷり。この橋から上手の蔵を見たアングルは実によい眺めで、八幡掘を紹介するパンフレットや記事によく使われる。

明治橋 西面
明治橋から東望 橋桁越しに見たたもとの堀端

 明治橋では、八幡掘ロケ使用例中屈指の名シーンが撮られた。雲霧仁左衛門(山崎努版)「雲霧捕わる」における、雲霧一党の小頭・木鼠の吉五郎が壮絶な最期を遂げるくだりがそれで、上写真下段左の明治橋たもとの堀端が使われた。
越後屋への仕掛け寸前で火盗改の手が回り、州走りの熊五郎の操る船で近づいてくるおかしらに向かって汀から吉五郎が逃げるよう促すのがこの橋下の汀。黙したまま船を回頭させ立ち去る雲霧の背に吉五郎は「ご武運を」と一礼し、雲霧は船上で背を向けたまま万感の思いを籠め木鼠の名を短く叫ぶ。その後取って返した吉五郎は火盗改と斬りむすび鬼神の如く奮戦するが、押し包まれ壮絶な自刃を遂げる。吉五郎の末期の笑みがストップモーションとなり、このシークエンスを締める。吉五郎役の石橋蓮司の熱演、見どころ目白押しの雲霧の中でも最上の部類に入る。原作設定では場所は入谷田圃の水を集めて流れる新堀川、現在の合羽橋道具街である。
この雲霧ではほかに、一味の引き込みをつとめる按摩の情話「おかね富の市」の回で、仲睦まじい富の市夫婦を見て帰りのおかしらが佇む橋が明治橋。


■ 掘割と堀端

 季節により様々な表情を見せる堀は、たくさんのドラマの情景を彩ってきた。
掘割に船を浮かべ、堀端に行き交う人々を配せば、もうそこは江戸の深川。涼しげに堀に垂れかかる柳葉、汀に揺れる季節の花々もまことに絵になる風景である。
狭い石垣際が道に見立てられ、各橋たもとの少し広い空間には茶店が仕立てられたりする。

船橋たもと 船橋から西望
明治橋上手 明治橋たもと
明治橋・白雲橋間の南岸

 現地のガイドさんのロケ話によく出るのは、やはり鬼平犯科帳。二話目の「本所桜屋敷」に早や登場、彦十のとっつあんと長谷川平蔵が再会するくだりに使われた。彦十がごろつきにヤキを入れられているのが堀端で、白雲・明治の二本の橋も巧みに使われている。おかしらが船を乗り降りする場面もある。「大川の隠居」では、大滝の五郎蔵が見掛けた女を掻堀のおけいと気付くシーンに、明治橋・白雲橋間の南岸が使われた。幼子の落とした紙風船を拾ってやった五郎蔵が、蘇った記憶にそれを取り落とす印象的な場面。この部分は石畳の歩道と、水際の狭い通路を上下二段で使えるので、両方に通行人をあしらうとよい絵になる。
鬼平では他にも使用例があるが初期には少なく、後になるほど多い。これは他の作品でも同じで、例えば長期シリーズの暴れん坊将軍では第10シリーズから使われだした。八幡掘ロケが普通に行われるようになってから作られた御家人斬九郎髪結い伊三次では、ここの堀端なくして成り立たないほど定番の風景として溶け込んでいる。その顕著な例が八丁堀の七人シリーズで、出てくる総量が半端でない。このほか、大河ドラマ元禄繚乱に江戸の掘割として登場したこともある。


■ 新町浜

 明治橋の下手右岸は、明るく開けた新町浜。古い近江商人の屋敷が多く残る、新町通りに平行してある。もう一目でわかる荷揚げ場の風景で、緩やかな石段に米俵等の荷をあしらい立ち働く人々を配し、堀に船を行き来させれば完璧である。

新町浜 東望 新町浜 西望
対岸から見た新町浜 新町浜堀端 東望

 新町浜使用例で印象的だったのは御家人斬九郎最終話「最後の死闘」。久方ぶりに訪ねてきた兄と最後の別れになってしまう堀端がここで、設定は荷揚げ場。以降、斬九郎は全てを捨てて兄の仇を討つべく適うはずもない巨大な権力に向かってゆく。
鬼平犯科帳「男の隠れ家」では、侍のコスプレをしていて、たちの悪い浪人たちにいたぶられる大店の婿養子を粋に助けてやる平蔵の姿があり、ここでの鮮やかな立ち回りが目に焼きついている。
水戸黄門では清水湊の船着場だったり、忠臣蔵 決断の時では赤穂の港で、高麗屋が土佐の英雄を演じた竜馬がゆくでは伏見港、降旗康男監督の映画憑神では主舞台となる小名木川の高橋で、新町浜に大規模な木橋のセットが組まれた。佐伯泰英の密命シリーズを映像化した密命 寒月霞斬りでは、主人公の金杉惣三郎が厄介になる火事始末・荒神屋の仕事場の霊岸島が新町浜で、レギュラーのロケ地になっている。
使われ始めの必殺映画版などとは違い最近では使い方がこなれてきて、北大路欣也版の名奉行 大岡越前などではぶらぶら歩きのお奉行がゆく、なにげないそのへんの道だったりもしてドラマに溶け込んでおり、隔世の感がある。


■ 日牟禮八幡宮

 白雲橋を渡りロープウェイのほうへ行くと、山裾に鎮座ましますのが八幡さま。応神帝、神宮皇后に宗像三女神を祀り、近江商人の尊崇を集めてきた。創始は上代に遡るという古社。

楼門 拝殿
拝殿脇の石段

 八幡掘使用例が多い八丁堀の七人では、京都ロケ定番のお宮さんとほぼ同じような使われ方をしている。狙う商家の鍵を手に入れた盗賊が集結する場所だったり、伝法な与力が人を説得していたりする。その与力役の村上弘明が豪放磊落な素浪人を演じた月影兵庫あばれ旅では、物騒な事件が起こる伊勢・亀山城下の八幡さま。村上版の銭形平次でも使われている。
面白いのは、全国各地でロケを敢行した隠密奉行 朝比奈での例。第二シリーズ最終話「朝比奈暗殺計画」は彦根が舞台で、途中近江八幡に立ち寄るくだりがあり、当の日牟禮八幡宮として出てくるのである。


■ 雪の八幡掘

 春の桜、初夏の菖蒲も美しく緑濃い堀端もいいが、木の葉散り堀端に明るく陽光差す真冬も格別。たまに雪なんか積もったりすると、足もとは悪いものの絶景が出現する。

 雪の八幡掘には好例がある。南部盛岡からやって来た新選組隊士・吉村貫一郎の生涯を描いた壬生義士伝テレビ版において、鳥羽伏見の戦いに敗れ満身創痍となり南部藩大坂蔵屋敷に向かう、渡辺謙演じる吉村が這いずる雪の夜道が、八幡掘の堀端。ドラマではこのシーンを冒頭に持ってきてあり、印象が強い。このあと吉村の壮絶な切腹が控えているので、雪が悲壮な情感を高める。翌朝、官軍の落武者狩りの場面でも出てくる。撮られた時期からして本物の雪ではないと思われるが、八幡掘の雪景色は珍しいので貴重。

滋賀県近江八幡市宮内町

八幡堀ロケ使用例一覧
*一級河川・八幡川についての詳細はこちら(別ウィンドウを開きます)


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