時代劇の風景 ロケ地探訪 伏見の酒蔵

松本酒造酒蔵 東高瀬川右岸堤から  春先

 灘と並ぶ酒の街・伏見には古風な酒蔵が今も残る。風情たっぷりのその町並みや建物は被写体として最上。現代の生活とうまく融合した魅力的なこの町の一角を切り取って、時代劇撮影が行われる。

■ 松本酒造酒蔵

松本酒造酒蔵 東高瀬川右岸堤から  左/冬、右/夏

桃の滴 東高瀬川畔にある松本酒造の酒蔵は、酒と水の町・伏見を代表する風景。この蔵は現役の工場で、桃の滴(右写真、旨口ですっきり)や日出盛などの心酔わせる美酒を今も醸し続ける。建物は大正期のもので、近代建築遺産でもある。
 蔵は高い堤の傍にあるので余計なものが映りにくく、すぐそばに交通量の多い国道一号線のバイパス(新油小路)が通じているとはとても思えない一角で、劇中では蔵の建つ堀端という設定のほか、各街道筋に擬えられる。対岸から、堤の草越しとアングルもさまざまで、ロングにもアップにもよく映える。
桜が散り始める頃、堤に菜の花が咲き乱れる。この季節には絶景を求めてカメラの放列が見られる。伏見の商店街にも、誇らしげに菜の花と蔵の写真が飾られている。松本酒造の新聞広告も菜の花。

左岸堤を散歩する人 堤下から
酒蔵と堤の間には旧高瀬川 広い水面を合成

 蔵を生かした設定では必殺からくり人「賭けるなら女房をどうぞ」での買い占めた米を隠してある蔵、必殺仕事人「釣技透かし攻め」での禁制品を隠してある蔵などがあり、必殺仕事人・恐怖の大仕事では堂島の米市場だったりする。
鬼平犯科帳6「浮世の顔」では、江戸北郊の滝野川村で起こった事件の検分に出かける木村忠吾と密偵の彦十が通りかかる田舎道という見立てで、堤上に鳥居をセットして撮られた。折りしも菜の花が満開、とても美しい画面だった。吉宗評判記 暴れん坊将軍「天下御免!おふくろの味」では房州流山の田舎道で、堤上に茶店がセットされている。続・三匹が斬る!「お七里のイジメが元で不倫妻」でも菰野藩領の田舎道で、茶店が置かれていて、腹を減らした千石が農夫に飯を恵んで貰っていたりする。
神谷玄次郎捕物控では掘割を船でゆくシーンに使われ、よその広い川などを合成してある。この手法は他の作品でも見られる。剣客商売「女用心棒」では、鐘ヶ淵の隠宅へ帰る秋山小兵衛夫婦が船でゆく大川のシーンに、西の湖の葦原を合成した大胆なカットがある。
必殺仕事人では、左門と秀のツナギのシーンで旧高瀬川が使われ、溝に架けられた横木の間から秀が顔を出していたりする。1967年の銭形平次「母娘流し」では、堤法面でのチャンバラがあり旧高瀬川も映っているが、横木は見られない。
他には映画必殺!主水死すのオープニングで捕り方が走り、同じく映画必殺!5黄金の血では地獄組が走る夜の街として、スクリーンにもよく映えていた。吉右衛門の鬼平でも夜に捕り方が走っている。映画憑神では、不遇続きの主人公が酔っての帰り滑り落ちる小名木川の土手で、堤下の草叢の中に疫病神たちが祀られている三巡神社が鎮座ましますのだった。
 伏見は酒の町であるが、交通の要衝でもある。上方が舞台の折には京街道設定での使用もある。源九郎旅日記 葵の暴れん坊「葵咲かせた白頭巾」では京を発ち大坂を目指すお控様一行がゆく街道に堤道が使われている。水戸黄門千回記念スペシャルでは伏見をゆく老公一行の姿が見られる。TX長尺もの竜馬がゆくでは、土佐勤皇党の危機を聞き駆ける竜馬の姿があり、画面は木津川流れ橋にスイッチする。

 松本酒造前の東高瀬川上手に架かる「大信寺橋」が映り込む例もある。但し使用例は今ある橋ではなく、架け替え前の姿。

大信寺橋南側面 大信寺橋上から東望
大信寺橋欄干越しに松本酒造を望む

 新選組血風録「昏い炎」は、芹沢鴨が粛清される話。大信寺橋が使われたのはこの話の冒頭、「新選組結成間もない或る日」守護職の命を受け大坂へ下る芹沢一派と近藤・土方がゆく街道筋で、設定は伏見付近。橋下からアオリの絵があるが、こんな造りで大丈夫なのかと心配になるくらい細い橋脚が映し出される。大信寺橋を渡ったあとは松本酒造酒蔵前にスイッチ。
吉宗評判記 暴れん坊将軍「天下御免!おふくろの味」では、房州の街道筋で登場。ここでは鉄パイプの欄干が映っていて、これも旧橋。


■ 宇治川派流沿い

宇治川派流をゆく十石船

 太閤秀吉が伏見城を築いた際に開削された運河が宇治川派流で、現在は濠川からの水を受ける掘割として残されている。長建寺の前は、祀られた神様の名をとって弁天浜という。ここは舟運の盛んだった頃賑わった川みなとで、米塩のほか酒が積み下ろしされ、また京大坂を往来する人々が乗降したところ。観光用の十石船が往時を偲ばせ、よい眺め。
弁天浜の対岸には、酒蔵と黒塀が続く一画(大倉浜)がある。派流に影を映す蔵と、水面に垂れかかる柳の青が絶好の背景となってドラマを彩る。

宇治川派流に面した酒蔵と黒塀

 木枯し紋次郎「大江戸の夜を走れ」は、珍しく江戸が舞台のお話。甲州路で病の母子に頼みごとをされた紋次郎は江戸入り、用事とは引き回しの罪人・十六夜小僧に、今生の名残りに自分の赤いしごきを見せてやってくれとの女房の願い。この際、十六夜小僧の情婦という女が現れ紋次郎にまとわりつくが、裏には謀略が隠されているという次第。盗賊の処刑が終わったあと、一人にしないでとまとわりつく情婦のシーンが宇治川派流沿いで撮られた。ドラマでは運河に頼りない一本橋が渡され、二人が渡る場面がある。運河の水は今より汚れて澱んでいるのが、最近出た修復版ではっきりと確認できるのも興味深い。紋次郎が撮られたのは大阪万博が終わってすぐの頃、淀川水系はどこもかしこも今よりどす黒く汚れていた。
岡っ引どぶのスペシャル版では、深川木場の蔵や日本橋の商家裏塀として使われた。塀の下の犬走りや木戸を効果的に使ってある。源九郎旅日記 葵の暴れん坊では、阿波徳島の蔵屋敷としてイメージに使われた。暴れん坊将軍11「時効を待つ女」では、無実の男を救うべく置き引きを働いた娘を説得する徳田新之助の姿が堀端にある。柳の青がよく画面に映えていた。


大倉記念館 鳥せい 大倉記念館 長建寺
さかみず 宇治川派流の十石船 丹波橋月桂冠蔵 寺田屋
伏見点景

 伏見には他にも酒蔵が山ほどあり、よき点景がたくさんある。月桂冠大倉記念館まわりには風情ある蔵の風景が多く見られる。少し行けば、歴史の舞台となった船宿・寺田屋が当時のまま残っていたりもする。寺田屋は竜馬もので資料写真ふうによく出てくる。上写真上段右端の長建寺がちらっとロケに使われたり、大倉記念館内部もちらりと登場することがある。
今では映ってはまずいものが多くあるのであまり使われない伏見市街でロケを行ったのがオムニバス時代劇(1967)の「夏すぎて」で、時は幕末、舞台は伏見。ふとしたきっかけで勤皇の志士を匿うことになる造り酒屋の女将を主軸に話が進行し、古い伏見の街が数々映し出される。今はもうない風景も多数含まれているが、松本酒造の蔵も映っている。
もう無いと言えば、更に古い伏見使用例である阪妻主演の鍔鳴浪人(1939)では、濠川とも東高瀬川とも、また宇治川派流とも思える蔵のある水辺や川堤がふんだんに使われているが、なにしろ戦前のものなので特定は困難を極める。ここでも、松本酒造の蔵が見える堤道のみ今と変わっていない。伏見の昔を偲ぶにも貴重なこのフィルムは、ロシアのゴスフィルモフォンドから「発掘」され日本に帰ってきたものである。
変わったところでは、黒木和雄監督の映画竜馬暗殺(1974)で使われた酒蔵は、取り壊し寸前のものを借り受けて使ったというエピソードを聞いた。竜馬に原田芳雄、中岡慎太郎に石橋蓮司、刺客に松田優作という異色のキャスティングの見応えのある作品。彼らにからむ魔性の女が持ってくる酒桶に「神聖」と書かれてあるのも面白い。神聖は酒肆「鳥せい」を経営していて、筆者お気に入りの店なのである。


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