篠山城は、慶長14年に築かれた。その頃未だ大坂城に拠った豊臣氏および恩顧の西国大名への抑えとして徳川家康が造らせた「天下普請」で、縄張りは城づくりの名手・藤堂高虎。コンパクトな方形の城郭だが、角馬出や堅固な石垣など、近世城郭の高い技術がうかがえる貴重な遺構が残されていて見どころが多い。
大手馬出は改変されているが、南と東の二つは明瞭な跡を残す(南は土塁)。城下町もよく昔の風を残し、西堀外にある武家屋敷群はなかなかの風情。お城の南西にある商家群や北の商店街も趣深く、売られている産品も秀逸で、丹波黒も猪料理も地野菜も和菓子も格別。
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篠山城鳥瞰図 (復元図、大書院展示) |
■ 大手
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大手門桝形 |
大手口古写真 (大書院展示) |
大手馬出は城址入口となっているが、桝形等の遺構に往時を偲ぶことができる。
桝形から二の丸入口に至る坂は曲折した石畳。この構造を活かして、函館五稜郭に擬えてのロケが行われた。五稜郭大手の外には馬出に似た堡塁があり、アプローチが篠山城大手とどことなく似るのも面白い。
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大手桝形越し大書院破風 |
大手門桝形から二の丸への坂 |
作品は壬生義士伝(2002年テレビ東京)、終盤に近い箱館五稜郭のくだり。
洋式城ゆえ天守を持たぬ五稜郭の外観が、石垣越しに大書院破風がのぞく上写真左のアングルを用いて表現された。古地図が映ったあとちらっと出てくるだけだが、印象的。
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二の丸入口冠木門 左/正面(奥は大書院玄関)、右/見返り |
明日にも官軍の総攻撃が来るという夜、箱館政府陸軍奉行並・元新選組副長の土方歳三の前に吉村貫一郎の亡霊が現れる場面は、上写真の二の丸入口を使って撮られた。
何かの気配を察したか、土方は床を抜け出して夜の城門へやって来る。立哨も眠りこけているしじまのなかに蹄の音が響き、石畳の両端に焚かれた篝火に照らされ、騎馬の吉村が浅葱色の隊服をまとって現れる。顔を認め駆け寄った土方は、今更の来訪を責め帰れと叫ぶが、吉村の答は「戦ばしに参ったのではねのす」「なじょしても気になることがあって、三途の川渡る前にちょろっと立ち寄りました」。土方はその言葉で彼が故人と知る。吉村の用事は、絶望的戦況にある五稜郭に参陣してしまっている倅・嘉一郎のことで、我が命より大事な息子がこの戦で死ぬのは理不尽であるからどうか止めてくれと土方に乞う。場面切り替わり飛び起きた土方はベッドの上、窓が開いておりカーテンが揺れている。しかし寝室から見える城門には、先程と違いちゃんと複数の歩哨がいて警戒を続けているのだった。冠木門内側から見える曲がった石畳がまことに印象深いシーンで、闇深いため交響ホールや市役所の建物も映り込まず絶妙なのである。
■ 大書院
大書院は篠山城築城と同時期に建てられたと伝わる大きな木造建築物で、二条城二の丸に匹敵する規模を誇る。元の建物は惜しくも焼失したが、廃城令の際も残された書院の復興を望む声つよく、2000年に復元された。
外観だけでなく内部も凝っていて、建てられた時代にあわせた装飾が施された座敷は堂々たる風格を持つ。
たいていは室内セットで撮るのが慣例の、江戸城居室の場面をここで撮った珍しい例がある。
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上段の間 |
次の間 |
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次の間・葡萄の間仕切りの絵襖 |
上段の間と格天井 |
NHK金曜時代劇最後の忠臣蔵(2004年)は、寺坂吉右衛門を主役に据え赤穂事件のその後を描く話。
吉良邸討ち入りの報告を受ける柳沢吉保、義士の処置について儒者を召し意見を聞く柳沢、大目付と次期将軍について話す柳沢などの、江戸城内執務室の情景は葡萄の間で撮られた。ここには派手な装飾がないので政務のシーンによくマッチし、新しい材が画面に映えて清々しさを醸し出していた。将軍の御座所設定の場合は、上段の間が用いられる。三間半のどっしりした大床は、江戸城設定でもなんら遜色ない構え。将軍の謁見が行われるシーンでは、全ての仕切りが取り払われて大広間となる。
逃亡者おりんでも、大奥の将軍御座所として使われた。一旦尼の訴えを聞きかけた将軍・家重が、天井の気配に気付き呆けた芝居を続けるのだが、このとき木目も美しい格天井が映し出され、効果をあげている。後段の将軍監禁騒動はスタジオ撮り、大人数を入れて立ち回りもあるシーンではさすがに使われていない。
■ 天守台
天守台は本丸の南東隅に位置する。石垣は打ち込みハギの堅牢な造りで、隅にある天守台下の石垣は優美かつ守りも強固な一件。この城に天守が築かれることはなかったが、石垣の勾配を見るだけで天下普請の壮大さを目の当たりにできる。
下写真の石垣上に見える林は青山神社社叢、藩主青山家の祖霊を祀る宮で、本丸に鎮座する。
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本丸石垣南面 右端が天守台 |
この天守台を使って緊迫の場面が撮られたのは逃亡者おりん最終話「江戸城大乱!明かされる陰謀」。
大岡忠光が野望潰え姿を消したあと、それまで傍観していた手鎖人首領・植村道悦は茶番と呵呵大笑、将軍家に対する恨みを晴らすとして配下とともに大暴れをはじめるが、秩序を回復した幕府方にたちまち手下は討たれ、一人残った道悦は「徒目付」弥十郎と死闘のすえ城内はずれの石垣へと向う。最後の戦いのその石垣が、ここ篠山城本丸天守台で撮られた。
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天守台 西から |
天守台 玉垣 |
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天守台玉垣と山なみ |
天守台東面 南望 |
道悦が天守台に駆け上がり、弥十郎が後を追うシーンは上写真上段左と同じアングル。カメラは木をナメて見え隠れに天守台を捉える。激しく刃を交える二人は上写真上段右の玉垣越し、やがておりん(大広間から引き続きレオタード姿)が追いつき、道悦に死んで人として生まれ変われと叫ぶ。この間二人の男は鍔迫り合いを続けていて、玉垣越しに丹波の山なみがのぞく。
一瞬の隙をついた道悦は弥十郎の刃をかわし、とんぼを切って反撃に出ようとするが、着地点は玉垣の外(上写真下段右が玉垣外の天端部)。からくも踏みとどまる道悦だが、弥十郎がすかさず飛ばした小柄が顔を掠め、体勢を崩し落下してしまう。
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天守台南東角 見上げ |
天守台南東角 南から見上げ |
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天守台石垣から見下ろし |
天守台南西角 東望 |
落ちる道悦の腕におりんが手鎖を巻き付け、玉垣に体を預けてつなぎ止める。石垣にぶら下がる形になった道悦のシーンは迫力、下から見上げ・天端部から見下ろしの両方のアングルがある。離せと喚く道悦のすぐうしろに、上写真上段右に見える、天端の雨落しが美しい反りを見せているのも良い絵。このあと、わしは死なんいずれ天下を獲ると嘯いた道悦は、命綱であるおりんの手鎖を自ら切り落ちてゆく。この場面では下にスモークが焚かれ、道悦が高笑いとともに吸い込まれてゆく。おりんは身を寄せていた玉垣から、次いで天端から顔を覗かせ行方を追うが、道悦を呼ぶ叫びは空を切るのみ。刀を収める弥十郎、まだ垣外の天端にいてようやく顔を上げるおりんのシーンは上写真下段右のアングルから少し引いた絵、天守台のシークエンスはこれで終る。
ドラマ中でも右端に見えている秀麗な山は高城山、このさきの天引峠を越えれば京丹波に出る。
*全てのシーンが天守台石垣で撮られたとは限りません。
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本丸石垣南東角遠望 |
天守台南東角 |
兵庫県篠山市北新町
篠山城ロケ使用例はロケ地資料「兵庫県」に
参考文献 「よみがえる日本の城19」2005年8月学習研究社
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