時代劇ロケ地探訪 小幡神社

 摂丹往還の茨木街道は、穴太寺山門に突き当たり道別れとなる。右へ行けば亀岡市街、左をとれば大井へ出る、その左方へ足を向けるとすぐ渡る犬飼川の橋は小幡橋、橋たもとの堤下に小幡神社が鎮まる。

犬飼川 小幡橋から 犬飼川堤から境内望
鳥居 本殿

 小幡神社は開化天皇とその子・孫を祀る式内社で、創建は上代に遡る。史上名高い人物ともゆかり深く、当地出身の円山応挙の絵馬が納められていたり、これも当地生まれの出口王仁三郎が幼い頃に親しんだ産土であり、高名な歴史学者の故上田正昭氏が宮司をつとめられたやしろである。

 犬飼川堤を下りたところに鳥居があり、社務所を左に見て本殿へ至る東西が神域。犬飼川左岸に沿う低山がやしろの南に控えていて、ここには古城跡もある。

舞殿 舞殿から境内見返り
舞殿越しに本殿望 舞殿脇から境内見返り

 ぶらり信兵衛道場破りは、山本周五郎の短編「人情裏長屋」をベースにしたコメディタッチの異色時代劇。裏店に住む浪人・松村信兵衛と長屋衆が繰り広げる、心温まる人情劇のひとこまが、このやしろで撮られた。
原作では赤子の、身勝手な浪人が信兵衛さんを見込んで置き捨てていった鶴坊は、このドラマでは少年。「奇妙な仇討ち」では、彼が出自を悪ガキにからかわれる場面が出てくる。捨て子なうえ、いまは弱虫浪人の養い子と揶揄する悪童どもに、さすが侍の子の鶴坊は木片をもって立ち向かい蹴散らす。その町角が小幡神社舞殿脇、わーっと逃げ去る悪たれどもが駆けてゆく路地は、下写真の脇参道。行く手の路地を隔てた先、下写真に見えるブロック塀部分には、目隠しの木塀があしらわれていた。

 素浪人花山大吉は、近衛十四郎が豪快な正義漢を演じた「素浪人シリーズ」の、円熟期の名作。100話以上作られたうちの終わり際のお話で、小幡神社が登場する。それは、途中からダンナたちの旅に加わった女の子・お咲が拾ってきた男はとんだ浦島太郎だった、という趣向のお話「異国の空で泣いていた」。
時化で清国へ漂着した船乗りは、帰還する船まで難破して、八年もかかってやっと故郷へ帰り着く。しかし女房は、遭難当時生まれたばかりだった坊やを連れて別の男のもとに嫁していた。どういうことかと女房に迫る男、許してと泣くものの今更と妙に邪慳な女房、二人が話し合うお宮さんが、小幡神社で撮られた。二人の間に生まれた坊やが、友だちと虫取りの最中にやって来て時ならぬ父子再会となるが、母は子を去らせ「夫」から逃げるように去る一連のシーンは、本殿と舞殿の間で展開され、坊は鳥居のほうへ走り去り、女房は脇参道のほうへ去ってゆく。
女房の今の男である回船問屋が抜け荷をはたらいており、遭難した船もそれを運んでいたため「生きていた男」は消されかけるが、これを阻むため女房は帰ってきた夫をわざと突き放したという情話。港町の名などは特段語られていないが、回船問屋の屋号が三崎屋で、土佐への便船があることなどからも設定は相州・三崎港かと思われる。

脇参道 境内から

 この脇参道は、大川橋蔵の銭形平次の初期作品にも使われた。
「黒い魔手」は、寺社地に入ったことで平次親分が十手召し上げを食い窮地に陥る話。しかしどうにも怪しいその神田・一念寺を探るため、平次は供花と桶を携え墓参りを装って入るが、悪党どもは法事と称しのうのうと会合を持っているのだった。
寺には近くの穴太寺が使われ、平次が墓参りと称してやって来る道に上写真の脇参道が使われた。左写真は脇参道入口の里の道。

・ぶらり信兵衛道場破り 第5話「奇妙な仇討ち」 1973年11月1日
・素浪人花山大吉 第97話「異国の空で泣いていた」 1970年
・銭形平次 第41話「黒い魔手」 1967年2月8日 (モノクロ作品)

京都府亀岡市曽我部町


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