時代劇の風景  ロケ地探訪

三井寺

仁王門 金堂 一切経蔵 観音堂
 三井寺は正しくは園城寺(おんじょうじ)という天台の寺で、琵琶湖を見下ろす丘の上に建つ。三井寺の通称の起こりは天智・天武・持続三帝の産湯に用いられたと伝わる霊泉・閼伽井を「御井」と呼んだことから来ている。
近江八景の一「三井の梵鐘」で知られる大鐘が境内に重厚な時を告げ、寺下には京の町へ送られる疏水のトンネルが穿たれている。

金堂北側 光浄院
 金堂の北にある石段と塔頭の光浄院は、日本テレビの年末時代劇奇兵隊で、功山寺挙兵の印象的なくだりに使われた。
禁門の変のあと、藩内の改革派が追い詰められ幕府の追討の手も伸びる情勢のなか、倒幕へと思想を飛躍させた高杉晋作が賭けに出た事件である。これにより高杉は青史に名を刻んだと言ってよいであろう。高杉の檄により集結する諸隊、その「雪の功山寺」の情景が、光浄院から金堂まわりを使って撮られた。松平健演じる高杉の武者姿が、重厚なつくりの金堂を背によく映える。
唐院 門 潅頂堂と塔
 唐院は開祖の廟所がある区画で、名は入唐求法より持ち帰った経典類を納めたことに由来する。
唐院は崖地に建つので、外から見ると塀が城郭のように見える。大師堂の前に潅頂堂と護摩堂が並び、脇には三重塔が聳える。三重塔の北には一切経蔵とつながる石橋が架かっている。これは経蔵との間が切り通しの坂道になっているため。この立体的な面白さが時代劇撮影に生かされる。
唐院北の坂 唐院北塀
 唐院と経蔵の境にあるこの坂道は御家人斬九郎2「北国の人」で、斬九郎そっくりの佐竹藩士・斉藤蔵人(渡辺謙の二役)が奉行暗殺の現場に行き合わせるくだりで使われた。
霏々と降る雪のなか奉行・村川頼母の駕籠が襲撃され、斉藤は城代家老の不正をしたためた密書を託されるのだった。
刺客は橋の下をくぐり坂の向こうに走って消えてゆく。その後、坂に村川を守って倒された藩士たちが累々と屍をさらし、その上にしんしんと雪が降り積むという印象的なシーン。
唐院前 村雲橋
 唐院前は金堂から観音堂へ通じる広い参道となっている。唐院側には野面積みの石垣があり、途中には谷水に架かる石橋・村雲橋がある。
ここは鬼平犯科帳7「麻布ねずみ坂」で、医師・宗仙の居宅がある麻布鼠坂付近として使われた。鬼平の密偵・おまさと彦十が参道をゆくシーンが冒頭にある。ドラマでは「ねずみ坂」と書いた道標が置かれているがもちろんこれは演出で、この付近の坂道の隈が使われている。
深作欣二監督の映画阿部一族では、一連の殉死を描くくだりで、白装束の細川家家臣が村雲橋を渡って切腹の場に赴くシーンがある。
観音堂への坂 側面 踊り場
 観音堂は西国十四番札所で、如意輪観音を祀る。境内南端にあり、琵琶湖の眺望が素晴らしい。その下の坂は崖に作られた石段になっていて、桜並木が両に沿う。
ここは市川崑監督の映画どら平太で、主人公の望月小平太が隠れている泰月院として使われた。
濠外の問題に目途をつけたどら平太が親友・仙波義十郎に裏切りを糺すくだりで二人がゆっくり登ってゆく石段はここである。
逃れえぬ証拠を突きつけられた仙波は踵を返して石段を駆け下り、踊り場で自刃してしまうというシーンが印象的であった。

滋賀県大津市園城寺町

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