川を訪ねる旅 疏水の庭
むりんあん |
山県有朋という男を好きではなかった。
むしろ積極的に嫌いだった。
明治の元勲として重きをなし軍と官僚を掌握し、後年統帥権干犯問題に絡む騒動の遠因となるに至っては日本を「あの」戦争へ導いた悪の権化としか映らなかったのだ。
今でも自分のスタンスは変わらないが、嫌味な上司が酒席で見せるふとした可愛気に接したときや、顔も見たくない程嫌いな奴が物陰で相好を崩して子猫を撫でているのを見てしまったときなどに起こる、微苦笑を伴うくすぐったいような感覚と似た思いが彼ののこした庭を見たときに湧きあがってきた。
なんと可愛い男なのだろう。あの強面の悪玉面の下にこんな一面を隠していたのだ。
風変わりで美しいこんな庭を愛でた人物だなんて想像もできなかった。
植治の庭とは言い条、この無鄰庵には山県の意向が色濃く反映されている。他の植治の庭とは趣を異にするものである。
和の庭でありながら西洋ふうのテイストを持ったのびやかな明るさ。
雑味を排し単一のエレメントを際立たせた主の意思。
そういえば山県は尊攘志士の生き残りとして甘い果実を食らっただけの男ではなかった。戊辰戦役でも激戦となった北越戦争を戦った苦労人でもあったのだ。また事の是非は措くとして、政党を終生嫌い保守を貫いた一徹な男でもあった。だから無鄰庵を拝見する思いは複雑なのである。
■ 無鄰庵表紙 ■ 概説 ■ 前庭 ■ 園池と滝組 ■ 主屋