時代劇の風景 ロケ地探訪
仁和寺 九所明神と経蔵


 九所明神( くしょみょうじん )は仁和寺を守護する九柱の神が勧請され祀られているやしろ。金堂の東の林間に鎮まる。
 ここは仁和寺ロケ中かなり使用頻度の高い場所。あるときは悪者から逃げてきた娘がやしろの前で一息ついていると、塀の向こうからならず者がへっへっと笑いながら現れる。あるときは人目を避けて怪しげな取引が行われる。お庭番や忍者がツナギをとっているのもよく見かける。気に食わぬ者を連れ込んでヤキを入れようとする一団もいる。設定の場所は江戸のことが多いが、地方や洛中のこともある。
ほどよく褪色した玉垣、憎い配置の織部灯籠、まるで時代劇のためにセットしてくれたかのような場所なのである。

九所明神本殿 正面 本殿朱玉垣際から西望
朱玉垣と石灯籠 三連の灯籠

 本殿は中門と同じ色の玉垣をめぐらせ、前に三基の石灯籠が立ち並ぶ。周囲は林で、東側には瓦を練りこんだ土塀が見えている。
 暴れん坊将軍を例にとってみると、いかに使いでのある場所かよくわかる。
国元で隠し金山を開発している江戸家老が悪徳商人に金塊をこっそりと渡す現場。大奥の腰元を騙し親元から大金を毟り取る企みの、金の受け渡し場所となる小梅の寺。熊本城下で行われる加藤忍びのツナギ。ひとけのない場所に引っ張り込んでの喧嘩。さらわれた姫を追って悪家老の手下と斬り結ぶお局さま。縁談が破談になったと涙ながらに告白する娘。慣例の賄賂を断って帰り道で斬り殺される下級官僚。切支丹の遺児に事情を聞く上様。増上寺普請を奪おうとするワルが宮大工に刺客を差し向ける、仕事帰りの道。殺された恋人のため抜け荷を嗅ぎまわっていた芸者が、たばかられて呼び出される祠。市井で育った、殿様の跡継ぎ姫を襲う黒頭巾の侍たち。
以上初期シリーズからシチュエーションを拾ってみたが、共通点は「人目の無い場所」。なるほど、この風情はセットでは得難いとあらためて気付かされる。そのうえ、金の受け渡しが行われたあとや襲撃犯が出たあとは、ここで立ち回りに移行することもできるのである。
 他の作品でももちろんよく使われる。鬼平犯科帳「血闘」は鬼平の密偵・おまさが成立する、人情味あふれるお話。吉間の仁三郎の引き込みをしていたおまさは、おかしらの畜生ばたらきに慄き平蔵のもとに飛び込んでくる。このあとそのまま密偵として行動するおまさだが、気付かれて拉致されてしまう、その現場が九所明神。連れ去られる駕籠からおまさが落していった針が決め手となり、賊のアジトが発見される運び。
盤嶽の一生第一話では、子供に騙され親友にハメられ、しおらしそうな女も騙りだったことに気付いた盤嶽は「嘘はいけない!」と大いに吼えるのだが、その騙り女の前に立ちはだかるのがここ。
 特殊な例として、1983年版大奥「暴かれた禁男の園」がある。江戸城内紅葉山にある、神君を祀った東照宮の御霊屋という設定で、幼将軍・家継が側用人・間部詮房に抱かれて恒例の参拝にやって来る。「東照宮」なため、扉には金ぴかの葵の御紋がデコレーションされている。五歳の幼児が将軍位に就いたことで情勢はキナ臭くなり、御霊屋参拝後には雷鳴轟き白虹日を貫く情景が重ねられている。

九所明神 拝殿

 本殿の前には拝殿があり、こちらはいかめしい色目。
 御家人斬九郎「男二人」では、悪行つのる旗本の若様が、芸者への無体をとどめた斬九郎を呼び出す鳥越浄妙寺の三ッ灯籠前。若様の家に義理のある問屋場の政五郎は止めに入るが、猛り狂った若様は彼と斬九郎を戦わせるよう仕向ける。北大路欣也演じる政五郎と斬九の緊張の立ち回りが拝殿と本殿の間で繰り広げられる。子連れ狼では、高遠藩城下で、家老暗殺をしくじり追われる若侍たちを拝一刀が助けている。松平健の鞍馬天狗では、杉作登場シーンに使われた。

九所明神 鳥居 九所明神脇の祠

 九所明神は石鳥居から参道が拝殿に通じ、その裏手が本殿となるつくり。境内の端っこであまり人は来ない。鳥居から本殿までは、ちょうど中門から金堂前くらいの距離がある。
鳥居から本殿までを一気に使った珍しい例が暴れん坊将軍 II 「偽りの恋 七年目の仇討ち!」に見られる。このお話は上様の乳兄弟の仇討ちばなしで、不肖の弟に助力する筋立て。協力者で仇のもとに潜入している娘が、その弟にツナギをとる場面で鳥居から拝殿、本殿と続けて使われている。

九所明神本殿内陣 本殿脇小祠

 2006年春、九所明神の本殿三殿が修復され、極彩色の装いを取り戻した。脇にある小祠も新しくなっているが、外囲いの玉垣は風情たっぷりの元のままで維持されているのが嬉しい。


 経蔵は方形のお堂。基壇の上にちょこんと乗っかる小体なものだが、扉などのしつらえは重厚。追っ手から逃れるシーンなどで、お堂のまわりをぐるぐる回るととても効果的。南側坂の石段もよい味。

経蔵と石段 経蔵 南面
経蔵 扉 経蔵 北面

 1928年(昭和3年)に公開された、嵐寛寿郎プロ独立第一作の無声映画鞍馬天狗は、新選組隊士に化けて大坂城へ乗り込むも露見し捕われの身となる天狗のおじちゃんを杉作少年が助ける情話。大坂は天満の天神さん境内で角兵衛獅子の営業中、杉作が敵方の密偵・お兼を見かけるのが九所明神で、お兼に近藤勇への書状を託す覆面の侍のシーンが経蔵。裏手の北面で密談が行われ、九所明神脇の小祠に潜んで見ている杉作に気付いたお兼は短筒をぶっ放し、杉作は当って死んだふり。覆面侍が用意したお兼用の早駕籠は経蔵北東の林間に待たせてある。
長七郎江戸日記「大江戸警備隊始末」は、浪士を募り警備隊をブチ上げる百姓出の剣客が、実は凶悪な押し込み強盗というお話。その浪士隊の試験が新選組よろしく行われる、谷中の正安寺が経蔵。
映画梟の城では、東大寺塔頭として使われたりしている。


→仁和寺表紙

*ロケ使用例一覧 ・1989年以前  ・1990年以降


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