時代劇の風景 ロケ地探訪
− 路地 −
妙心寺には南北に曲折しながら通る二本の道と、東西に走る各塔頭を巡る道がある。 道幅はさまざまで、車が行き違いできるような広い道があるかと思えば、奥まった塔頭へ通じるほんの小さな小路まであり、広い道も途中で狭くなったりクランクがあったりして変化に富む。松並木を両に従える道があるかと思えば、きれいに刈り込まれた生垣が配されていたり高い長い塀が延々と続いていたりする。 共通する特徴は石畳で、ほぼ同じ様態のものがどの路地にもつけられている。 また、各塔頭へ来た車が石畳の上を走っているのもなかなか奇妙な眺めではある。そして、近隣の人々が通り抜ける生活道路でもある。 |
涅槃堂前路地 東向き 突き当たりを北に行くと東林院 両に松を従える道 |
大法院への路地 西向き 突き当たりが大法院の門 左右に塔頭が建ち並ぶ |
涅槃堂前の路地は、御家人斬九郎「姉の宿下がり」で、一橋家へ帰る姉・粂女の駕籠に駆け寄る残九郎のシーンで使われた。宿下がりの入費のことでキレて姉と諍いをした「弟」がせめてもの餞に小豆の入った袋を背負って追いかける、おかしくも感動的なくだり。渡辺謙は、東林院のほうから現れ松の木の路地を裾振り乱して駆けてくる。 大法院へ通じる路地は、映画壬生義士伝で、情婦・ぬいに密書を手渡す斎藤一のくだりで使われた。画面では左手にある電柱はきれいに処理され、取り除かれている。 |
大庫裏西の路地 南向き 松並木が続く |
春光院前路地 南向き どん突きの建物は大庫裏 |
大庫裏の西・霊雲院との間の路地は、初期の鬼平犯科帳で大庫裏西の通用門が火盗改役宅に設定されている場合もあることから多用された。 「暗剣白梅香」で、鬼平を襲う刺客が香油の匂いを残し逃げる場面や、「本所桜屋敷」で思いを寄せる女にものも言えず行き過ぎる若き日の岸井左馬之助の場面、「流星」で同心・小柳の妻女が斬殺される場面などに使われた。 春光院前の道は北総門からまっすぐ南に通じる道で、他よりも広く開けている。北のほうを見ると衣笠山の形のよい山頂が頭を覗かせている。ここはよく武家屋敷街として使われ、暴れん坊将軍でじいの田之倉が殺し屋に狙われたりしている。 |
海福院前路地 北向き 左の高い塀は大通院の裏塀 |
海福院前路地 南向き 海福院の門は左手に奥まってある |
海福院と雑華院のクランク 南向き | 養徳院前路地 西向き |
上四葉は南北の道の東のほう・下立売通から一条通まで通じる路地で、塔頭を巡りながらくねくねと曲折しており、大体において狭い。 その風情から市中の道として使われることが多い。もちろん、武家屋敷街としての使用も多い。 八丁堀捕物ばなし「大盗賊」では海福院前の路地が狩谷新八郎が藤吉を襲う刺客を防ぐ小路として、喧嘩屋右近III「盗むは極楽、戻すは地獄」では同じ海福院前が右近夫婦が中越藩士らに尾行される藩邸近くの道に、剣客商売「兎と熊」では神田今川橋北詰の医師・村岡道歩邸前の道として使われ、江戸払いを許され帰還する「熊」内田久太郎と「兎」道歩の娘・房野の感動的な再会シーンに使われた。「兎と熊」では髭ぼうぼうの旅姿の内田が雑華院との境のクランクから現れ、海福院前で房野と熱い抱擁を交わす。防火施設の赤い箱を隠すのに灯籠をあしらってあった。 鬼平犯科帳8「おれの弟」では養徳院と蟠桃院の間の路地が使われている。高杉道場での平蔵の後輩・滝口丈助が果たし合いに赴くのを見送る平蔵たちは海福院のクランクほうから出てきて上写真右下のどん突きに姿を現す。死地に赴く背を見送る哀切な雨の情景。 |
福寿院への路地 東向き どん突きを北に行くと福寿院 |
福寿院への路地 東向き 蔵は雑華院のもの |
福寿院前路地 北向き この奥にも更に塔頭 |
福寿院への路地見返り 西向き どん突きの塀は小方丈 |
福寿院への路地は大心院と雑華院の間を東へ入ってゆくちいさな小路で、福寿院の奥にはまだ如是院という小体な塔頭がある。 八丁堀捕物ばなし「女と手首」では事が終わったあと揉め事のあった大身旗本・鳥越邸からの帰途、話しながらゆく狩谷新八郎と杉山虎之助の姿が見られる。同第二シリーズ「父と子」では疑惑の商家に事情聴取した帰り、引っ張ろうという杉山を時期尚早と戒める狩谷の姿がある。 同じ捕物話の八丁堀の七人IV「鼠小僧の離縁状!与力捨て身の対決」ではワルの黒幕・松平宮内少輔邸近くの路地として使われた。暴れん坊将軍III「大岡越前罷免さる!?」では風邪で寝込んでいた筈のじい・田之倉孫兵衛が屋敷を抜け出したところで刺客に襲われる場面で使われた。刺客の一人に福本清三氏がおり、開幕早々お庭番に始末されている。 |
天祥院への路地 西向き 右手に二つの塔頭 |
大心院前路地 北向き どん突きの林は大通院のもの |
天祥院への路地は北総門から南へまっすぐ伸びる大路を金牛院と春光院の間を西に入るもので、どん突きに天祥院の門が見える。春光院側は塀ではなく生垣になっており、北側には金牛院の南塀が続く。また、天祥院手前に小さな塔頭が二つある。 ここは八丁堀の七人IVでワルの黒幕の大身旗本邸に天祥院が設定された際使われていた。ワルを斬る決意を固めた与力・青山久蔵の着流し姿が門前付近に見られる。 大心院前の路地はこの先北へ行くとクランクを曲がり海福院前へ出る位置にある。具体的使用例は記録していなかったので挙げられないが、ここもよく映っている。ポイントは両脇の低い植え込みと北どん突きの大通院の林。上写真の通行人は通勤途中の人。ここはよく地元の人が通っている。 |
大通院裏塀(南東角) |
大河ドラマのオープニング映像というものは、一年間同じものを見るので長く記憶に残る。「徳川家康」での沢からはじまって大海に至る水のイメージや、「武田信玄」にみる高原の情景は今も脳裏にある。2004年の新選組!オープニングは、京洛をイメージした映像と版画をミックスした趣深いもので、その一枚に妙心寺の路地が採用されている。上写真の大通院裏塀がそれで、向こうから浅葱の羽織を着た新選組隊士が駆けてくる。隊士たちのボディは透けており、幻想的なムードの仕上がりとなっている。 |
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妙心寺 表紙 |
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