時代劇ロケ地探訪 郡山城址

追手向櫓 郡山城は、大和統一を成し遂げた筒井順慶により天正年間に築かれたのがはじまり。その後太閤の弟・豊臣秀長が入り、本格的な築城を行った。そして夏の陣において大坂方に属したため落城、享保年間に柳沢吉里が入封するまでは何人も城主が代わっている。
明治になって建物は毀たれ、石垣と濠が残された。いま仰ぐ櫓や門は復されたものである。

 時代劇には、当の郡山城として登場する。各地方のいろんなお城と同じく、役者の入らないイメージ映像のことが多いが、現地ロケを敢行した作品もある。

追手向櫓

 入口に聳えるのは追手向櫓、濠との組み合わせがよい絵になる。イメージカットに使われるのもほぼこの櫓。
水戸黄門では世直し行脚、逃亡者おりんでは一目我が子に会うため過酷な旅を続ける女が辿るルートのひとつ。「郡山の記号」として櫓が使われている。隠密奉行朝比奈では、堀越しに櫓を見て朝比奈河内守の北大路欣也が堀端の道を歩む。

追手門

城内庭 ここで実際にロケを行ったのは隠密奉行朝比奈第二シリーズの「奈良 金魚になった少女」。入封間もない柳沢吉里に忍び寄る陰謀の主は、前領主・本多家の遺臣と見えて、実は城主になり代わろうとする幕閣というお話。
放火事件に出役する藩士たちや、浪人狩りで捕まった侍たちが出入りするシーンに追手門が使われている。奈良奉行に取り入り藩主・吉里に会う朝比奈のくだりには左写真の庭が使われている。このすぐ南に柳沢文庫がある。

柳澤神社 天守台 石垣と濠

 城内には旧制中学だった名門高校があるほか、吉里の父・柳沢吉保を祀った柳澤神社が鎮座まします。天守は無いが基壇は残されていて、築城に際し徴発されたお地蔵さまが「逆さ地蔵」として祀られ見どころとなっている。城内には桜がたくさん植えられていて、春の城まつりは多数の花見客で賑わう。紅葉期もなかなかの風情だが、夏真っ盛りの折も咲き誇る草花がよい眺め。内濠端では、カワセミとの遭遇もある。また、このお城を訪れた際には、太閤の命名になる菊屋の御城之口餅を土産にするのが筆者の常である。

郡山城址ロケ使用例はロケ地資料「奈良」に記載

奈良県大和郡山市城内町


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