音川

旧淀川3次支流 ・流入先 〜恩智川寝屋川旧淀川 ☆淀川水系 訓:おとがわ 別称:辻子谷(ずしだに)

 大阪府東大阪市東部を流れる、恩智川の支流。
東大阪市上石切町二丁目の東縁・生駒遊園地付近の生駒山西麓に発し西流、東石切町四丁目と五丁目の境を流れ、中石切町を貫流、恩智川芝大橋(府道168号石切大阪線)の下で恩智川右岸に注ぐ。
上流部の谷を辻子谷(ずしだに)と称し、源流の谷は高尾渓と呼ばれる。

音川支流  ・音川支渓 ・宮川(宮川谷)


■源流部

東大阪市上石切町2丁目 砂倉橋付近

 辻子谷を遡ってゆくと、引谷との落合に至り道も別れてゆく。
支谷・引谷沿いの道は生駒山上へ通じるメインルート、本流沿いの道は杣道となり途中で消えている。
ここから上の本流は「高尾渓」とも称する谷。巨岩が転がり、水はその下をちょろちょろとゆく。
谷には大規模な砂防工も施されている。

※砂倉橋は南北朝の折り、楠正成に味方した地侍・砂倉氏に因むとされる。

河床 取水槽からの溢水

 上写真左の河床は、石切ではよく見る古いもの。急傾斜の谷水の勢いを軽減する仕掛け。
石切では、道にも滑り止めの加工がなされている。
谷の脇には、たくさんのパイプが這っている。簡易に水を引くもので、そこここに水槽が並んでいる。
オーバーフローは再び川に戻される。

辻子越道 道標 生駒山上/石切駅 路傍の石仏

 辻子越の道はけっこう人気のあるハイキングコースで、いつも山歩きの人がいる。
排気量の小さな乗り物や自転車ではまず無理な坂道にも関わらず、高齢者の姿が目立つ。
谷には今参りの新興宗教施設が林立するが、古い野仏も見られ歴史の深さを感じさせられる。

※辻子谷には数十にも届くかと思われる新旧の宗教施設があり、修験道から天理教、朝鮮寺とバラエティに富む。人工の滝を演出した施設も数多く見受けられる。

■谷口手前

上石切町1-2

 山越えの道が傾斜を強めだすあたりでは、宅地が両岸にびっしりと建て込む。
古い家並みのほか、ミニ開発の新しい住宅も多い。
谷はまだきつい傾斜地で、落差工が連続する。
護岸は古い石垣で、河床には床固工がなされている。

 辻子谷は山越えの街道であるほか、水車工業の盛んだったところ。
古くは元禄の昔から、谷水を利用して精米製粉油搾、そして薬種細抹の製造に、忙しく水ぐるまが回っていた。
近代に入ると伸線工業に使われだし、枚岡地区は有数の生産地となった。
これも昭和初期までで、エネルギーの変遷により水車は減少しほぼ消滅。
少し前までは水車小屋の名残りや、抹香臭い漢方薬の匂いが偲ばれた。

■谷口

 左写真は東石切町四丁目・五丁目境の新山麓橋から上流方向を見たもの。
石切神社参道のすぐ北側。
近鉄をくぐったあたりが谷口らしい風情だが、まだ傾斜はきつい。
石切さんの参道は猥雑さと真摯な祈りの混交する不思議な雰囲気の坂道で、近年は占いがおおはやり。

■中流

中石切町2-6、芝西交差点の東方・音川橋から
上段左は上流、上段右は下流望
下段左は積み石を噛む瀬
下段右は河畔の地蔵堂、扁額には音川の瀬を詠みこんだ讃

 中流域は、宅地の中、緩やかな傾斜を下ってゆく。
河床は三面張りで、いくつもの落差工が設けられている。
近年、周囲の宅地開発が著しい。

■下流、河口

中石切町6丁目・7丁目境 左上流望、右河床から見上げ
芝大橋下
奥は恩智川
芝大橋下 恩智川
左手から音川が合流
河床 R170外環状線 音川越えの陸橋

 恩智川に入る手前で、天井川となる。
上写真にある、河床から見上げた堤は圧倒的に高い。
国道170号が音川を越える際には、高い陸橋となる。
合流直前の河床はよく砂を溜め、藻も棚引く。

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