淀川3次支流 ・流入先 〜服部川〜木津川〜淀川 ☆淀川水系一級河川 訓:つげがわ |
三重県阿山郡伊賀町・上野市を流れる服部川最大の支流。
伊賀町柘植の馬場谷に発し南西流、伊賀町を貫流し伊賀盆地北端にあたる上野市街地の北はずれの服部川に架かる新伊賀上野橋の東で服部川右岸に注ぐ。全長16.6km。
一級河川の起点は伊賀町柘植の馬場谷。
■ 源流 渓流と溜池 伊賀町/一ッ家〜柘植町
左写真は伊賀町と関町の境付近の峠(伊賀町一ッ家)。道は旧道の国道25号線。
この峠は加太川と柘植川の分水嶺を成す。加太川は鈴鹿川となって伊勢湾に注ぐ川。ゆえにここは大阪湾に注ぐ川と伊勢湾に注ぐ川の分水界となる。
柘植川源流の谷は深く樹木に覆われ、旧道は通る車も少なく鳥の声ばかり響く。国道から見下ろす谷は深く、川は著しく蛇行を繰り返し流下してゆく。流れ出したばかりの柘植川は浅いが流れは早い。
一ツ家 国道25号から谷を見下ろす |
源流の川は、一旦池に堰かれる。JR関西本線の車窓からも見える細長い池は鴉山池(からすやまいけ)という(写真左)。深山の間に静かな湖面を見せる池には、魚でもいるのかカワウの姿が見られる。
この本流を堰く池のほかに、近くには大杣池や馬場谷池などの溜池があり、その溢流も柘植川源流に入る。いずれもかなりの水量を貯める規模の大きなもので、大杣池にはレジャー施設もある。
■ 上流 谷口から里へ 伊賀町/柘植町〜柘植上町
柘植町朝古 朝古橋から上流方向 | 柘植上町 平橋から下流方向 |
柘植川はJR関西本線柘植駅の南方で谷から出る。名阪国道伊賀ICからは東方に1kmほどのところ、谷口の朝古地区には川を中心に棚田が広がる。
ここから柘植の中心部までは似たような川相が続く。河畔は鬱蒼とした林に覆われる。
川水は田に引くため、細かく堰が設けられている。流入する川もごく小さな谷川や里川である。
■ 中流 谷底平野の真ん中 伊賀町/中柘植〜下柘植
中柘植 白橋から上流方向 | 物堂 物堂橋から下流方向 |
川は明るく開けて広い谷底平野の真ん中を南西に流れてゆく。丘から見れば、柘植川沿いの河畔林が延々と続いているのがよく見える。
川相は、深めの谷を刻み樹木が両岸から暗く影を落とす、自然度の高い川となる。河畔林は竹藪が主となる。水量はかなり増えてくる。
流入する川も、倉部川などの規模の大きい川が入りだす。
■ 中流から下流へ 伊賀町/愛田
愛田 愛田橋たもとから上流方向 | 愛田 愛田橋から下流方向 |
JR関西本線新堂駅の南方、愛田橋付近で川相は下流のそれへと変化し始める。
川幅がぐっと広がり、明るい水面が陽光をいっぱいに受けるようになる。
堰も大規模なものとなり、川水の利用度は高くなる。河畔林は相変わらずみっしりと生えているが、汀に影を落とすのみとなる。
愛田橋たもとには「大和街道」を示す標が立っている。
■ 下流 伊賀町/御代
御代 御代橋から上流方向 | 御代橋たもとから下流方向 |
もうすぐ伊賀町を抜けるあたりまで来ると、河畔に民家なども見え出す。川幅はいよいよ広くなる。
川相は堰上の湛水区間と、堰下の草の多い川原とを繰り返す。湛水域でも水深はごく浅い。カイツブリやヨシキリなどの鳥の姿が多く見られる。
河畔林は、途切れる個所もあるがまだ続いている。竹林が多い。桜並木の個所もある。
■ 下流 上野市
佐那具橋から下流望 | 服部橋から下流望 |
柘植川は伊賀上野市街地北方で服部川と合流する。河口めざして上野盆地に出た川は大きく幅を広げ、橋を渡るのも疲れるほどとなっている。
川相も変わり、密生していた河畔林は姿を消し、網目状砂州が形成され、高水敷がつくられるようになる。
河原はヨシ生い茂り草深い。
柘植川の河畔林 | |
伊賀町中柘植 浄化センター付近 | 上野市佐那具町 |
柘植川の中〜下流域には独特の河畔林が沿う。主に竹で構成され、延々と続く。
柘植川がどこを流れているか、里のどこからでもすぐにそれと知れる。支流群のなかには本川とよく似た河畔林を持つものも多い。
柘植川沿いは古くは加太越奈良街道と称した「大和街道」で、大海人皇子が壬申の乱の折通り、源九郎義経が木曽義仲征伐のため通った道である。江戸期には大和諸藩の大名の参勤交代のルートでもあった。木津川舟運とのつながりも深い。
柘植は上代には「積植山口」とも記述されている。読みは「つむえのやまぐち」。
柘植川支流
・朝古川 ・後黒見川 ・山の田川 ・平川 ・崩川 ・大谷川 ・倉部川 ・上市場川 ・下柘植川(←足原川) ・愛田川 ・御代川 ・滝川(・足谷川(←峠谷川) ・宮川) ・河合川 (←・滝谷川・丸柱川(←米之川)・黒滝川・払子川・鞆田川(←湯船川・野田川) ) ・岩瀬川