木津川  中流 木津  京都府木津川市 (旧相楽郡山城町、木津町域)

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■ 上狛 かみこま

国道163号から谷口を望む 狛山と鹿背山が迫る谷を抜けた木津川は、ようやく長い峡谷部分を終える。横谷(おうこく)も終わり、このあとは盆地へ出てゆく。まだ川沿いの道は山際だが、じきに平地が広がりだす。
この「狛」地名は和名抄に「大狛郷」と見える。高句麗系の渡来人・狛氏と関わりが深く、高麗寺跡などが出ている。木津川の古称のひとつに「輪韓川」とあるのも、上代にこの地を開発した渡来人に関係するものかも知れない。ここは大和から近江、京への要衝で、古くから開けた場所であった。
水利用の話題としては、左岸の木津町鹿背山地区で奈良市が上水を取水していることが挙げられる。

山城町上狛の右岸から 山城郷土資料館下付近

■ 泉大橋

泉大橋 泉大橋から上流望

 泉大橋は、国道24号・奈良街道に架かる橋。すぐ脇にはJR関西本線の鉄橋も渡る、今も昔も重要な渡河点である。
架橋の歴史は古く、上代に僧・行基が大橋を架け、橋守の寺も作ったと伝えられるが長くは保たず、明治までは渡船があった。
現在の泉大橋は戦後架橋のゲルバートラス橋で、大型車両が通るとよく揺れる。

泉大橋から下流望

 木津川の名は、ここ木津町に由来する。「木津」は木材の集散する港を指す言葉。
ここには上代、平城京や東大寺建設用材が集められた歴史がある。
以来港として発展を遂げ、今も旧街道筋には船宿の名残が残されている。

 木津川は、泉大橋をくぐって間もなく直角に大曲がりし、北上をはじめる。
木津の大きな特徴である砂は盛大に流され、大きな長い州を形成する。
上流の花崗岩が砕かれ流下するもので、石英や長石から成る白い砂である。

堆積する砂 長く伸びる砂州
砂州を左岸から 右岸河川敷の茂み

 泉大橋付近には、さまざまな形態の砂州が作られる。
半ば固定の寄州や、移動するものと思われる植物の生えていない州などが見られる。
洗屈や侵食の諸作用も観察しやすく、河床波を見るにはよい場所である。
広い高水敷には、ヤナギを中心とした植物がよく繁っている。木や草をよく見ると、高い所にゴミや藁が引っかかっていて、出水時の様相がうかがわれる。

 水は、瀬を噛んだあとしばらく泡が消えないこともあるが、この砂によりずいぶん浄化される。
砂は微生物に住処を供給し、これらが汚れを吸い、澄んだ水に返してくれるのである。
もちろん、過度の汚染には無力である。

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