木津川  下流 流れ橋(上津屋橋)  京都府八幡市−久世郡久御山町   →木津川表紙


源流部/上流・青山町の盆地/上流・青山から伊賀へ
中流・伊賀盆地/中流・峡谷/中流・谷あい/中流・みかの原/中流・木津
下流・相楽〜久世/下流・流れ橋/下流・河口


 木津川下流部の、知る人ぞ知る名所、流れ橋。
今や全国的にも貴重な木橋で、これほど長大なものは数える程しか残されていない。
橋そのものを見に遠方からやってくる人、水遊びに来る人、サイクリングや散歩の人などで橋は賑わう。
地元の人にとっては、貴重な生活道路でもある。
正式名称は「上津屋橋(こうづやばし)」で、府道。昭和初期の架橋以前は渡船があった。

流れ橋から上流を望む 流れ橋から下流を望む

 流れ橋付近の木津川はごく浅く、容易に歩いて渡ることができる。
河床はほぼ砂地で、川底に掌を置くと、見る間に砂が掘れてゆく。
水質には些か問題あるものの、まだ透明度は失われていない。
1960年代までは、木津川下流部各所に水泳場があった。

右岸側の派流 右岸堤と畑地
河川敷の茶畑 橋下の流れ

 水が多い時には、右岸側に派流ができる。ここは夏、よい水遊びの場となる。
堤は山の如く高く聳え立つ。堤内地には田畑が多い。
河川敷にも畑地があり、茶畑が多いのがここの特徴である。


 橋は、増水時には洪水流に逆らわず橋桁を流す仕組みになっている。
これが「流れ橋」と呼ばれる所以である。
橋桁は八つのパーツに分けられ、ワイヤーで連結されている。流れた際にはこれを手繰り寄せ回収する工夫である。
橋板には一枚一枚にナンバーが打たれ、改修に備えてある。
幾度もの補修の跡が見られ、保存に携わる人々の労苦をうかがわせる。

 上写真は台風の当たり年・2004年夏に損傷を受けた流れ橋。
橋桁はほぼ全面にわたってずれ、大きく傾いでいるものもある。
上流側に絡みついた無数の流木が、増水ピーク時の凄まじさを伝える。
むろんこの状態になった時は通行止め、時おり様子を眺めにやってくる人もいる。
*上段パノラマ2004/8/8、下段左と中央2004/12/13、下段右2004/8/8


富士山合成 ここは時代劇撮影スポットでもある。
水戸黄門も中村主水も暴れん坊将軍も三匹も渡る。
富士山を合成して東海道になったり、大川の花火の夜になったり、日吉丸が蜂須賀小六と出会う矢作橋になったりする。
←左は富士山を合成したもの

増水時
増水時の流れ橋 水の引きはじめ

*参考
 ・時代劇の風景「流れ橋」
 ・時代劇使用例  1960年代〜1980年代  1990年代〜2000年代

「木津川下流・相楽〜久世」へ戻る 「木津川下流、河口」へ進む


*フレーム解除

▲木津川表紙   ▲淀川   ▲サイトトップ