淀川  ■ 三川合流  京都府八幡市・大山崎町〜大阪府枚方市・島本町


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 京都と大阪の境、天王山と男山に挟まれた地で宇治・木津・桂というそれぞれ大きな川が合わさり、淀川となる。
古来様々な治水工事が行われ、現在の姿になったのは明治から大正にかけてである。
今はまず宇治川と木津川が会い、次いで桂川が合わさるようになっているが、昔は図の如く巨椋池の端に一気に三つの川が流れ込んでいた。
淀の地には秀吉が愛妾・淀君のために築いた城と、江戸期の淀藩の城があった。城には巨大な水車によって水が入れられ、永らく名物であった。
水車は流送土砂で用をなさなくなり、城は維新後毀たれた。


淀城跡

淀城濠の水車

■ 宇治と木津

男山から御幸橋を見下ろす 左写真は男山の上から御幸橋(ごこうはし)を見下ろしたもの。
くの字に折れて連続しているように見えるが、手前は木津、向こうは宇治に架かる別々の橋である。名前は同じ御幸橋。橋は男山に鎮座する石清水八幡宮の参道であり、旧の京街道である府道13号が通じている。橋名は朝廷から石清水八幡宮への使者が渡ったことに由来する。
ここでは、二つの川は背割堤という1km以上もある長大な堤を隔てて流れている。背割堤は木曽三川などにも見られる、大河の合流をスムーズにし出水時の危険を減ずるためのもので、二川の堤を兼ねている。宇治・木津の背割堤上には密に桜が植えられ、花期には大勢の花見客で賑わう。

御幸橋から上流方向 御幸橋から下流方向
木津との背割堤 背割堤から天王山を望む
背割堤 桜開花時
背割堤駐車場から

 御幸橋から見る宇治川は今までより更に水量を増し、悠然と流れてゆく。この先木津と会い桂と会うのだが、それぞれ違った性格を持つ川は合流に際してもくっきりと異なる顔を見せる。宇治と他の二川との違いはいろいろあるが、最たるものは流速である。宇治の流況は木津や桂の四倍以上あり、瀬が見えないので一見したところわかりにくいが、橋から川面を覗き込むと複雑な水紋が流速を示している。

宇治・木津二川合流 左は背割堤の上から宇治と木津の合流地点を遠望したもの。
木津が手前に見えるので、押し流してきた砂がしらじらと目立っている。
奥に見えるのは桂と宇治を隔てる背割堤、背景の山は天王山。「天王山」という語は勝敗の分かれ目としてふつうに使われる言葉だが、この山で豊臣秀吉が主君・織田信長の仇を討った戦・明智光秀軍との山崎合戦が行われたことからきている。
水の要衝であり京・大阪間の交通の要衝でもある三川合流地点は、時代の節目に戦いの場となることがよくあった。ご一新の戦・鳥羽伏見の戦いの激戦地もここで、これは日本の近代の幕開けともなった。

宇治・木津合流 左は宇治と木津の合流を直下の左岸河畔から見たもの。手前が木津、奥が宇治。左岸は木津の流す砂で州がたくさん形成されている。宇治のほうには州の形成は見られない。

■ 宇治と桂

 木津川を併せおわった宇治川は、木津との合流時と同様に長い背割堤を介して桂川と合わさる。
このさまは淀川右岸堤防に通じる西国街道・国道171号からも眺められる。三川合流地点は大きな屈曲点なので、桂の合流点からは木津と宇治が会うさまは見られない。
上のパノラマには合流に際しての長い砂州が見えるが、増水時には水没している。
この付近からは高水敷が広くなり、ゴルフ場などの施設が作られはじめる。

桂川・宇治川合流 左岸から 桂川・宇治川合流 右岸から

 三川合流地の右岸側を大山崎という。「崎」地名は先端を意味する。ここでも西山連峰の端にあたる天王山が川に崖を張り出させている。
この山崎の地には上代、僧・行基が架けたとされる「山崎橋」があったと伝わるが、改変の激しい地ゆえ故地はいずことも知れない。
橋はよく流されたといい、後世には渡船が用いられた。山崎の渡し、高浜の渡し、狐の渡しなどがあったという。いったん中州にあがり、別の船に乗り換える形式のものもあったらしい。渡船は1962年、山崎の渡し廃止を最後に姿を消した。
また、長岡京造営の際作られた山崎津、淀津の各港は平安京遷都後も淀川水運の重要な河港として繁栄した。

■ 合流直後の淀川

右岸から 左岸から

 二つの大支流を入れ、宇治は淀と名を変え、浪花の海に向かって流れ出す。
「淀川」の称はふつうここからはじまる。
淀の呼称は古来さまざまで、「淀川」の名が定着したのは江戸期からという。
古くは「澱河」の記述がある。ほかには鵜河、北河、山崎川、近江川、取替川(とりかいがわ)、山代川(やましろがわ)などの名があった。
因みに、瀬田川から数えた淀川の全長は約75kmであるが、三川合流から大阪湾までは約37kmとなる。

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