■ 賀茂川


賀茂川 ■賀茂から鴨へ 
■洛中 ・今出川〜丸太町 ・丸太町〜御池 ・三条〜四条 ・五条〜九条
都の南 ■桂へ


■ 賀茂川のはじまり

鴨川起点 左は、京都市北区雲ケ畑中畑町の出合橋から下流を見たもの。
この橋下で、雲ケ畑川は左岸に中津川を迎え、名を賀茂川と改める。
ここはまた、一級河川・鴨川の行政上の起点でもある。
川幅も、ここから徐々に広がってゆく。
水は、上にけっこう里があるにもかかわらず清澄。淵は底まで見渡せる。
 左岸には府道61号京都京北線が通じる。この道は北へ行くと祖父谷川沿いになり、桟敷ケ岳の山道となる。祖父谷峠を越え京北町に通じるが、峠はダート。

 雲ケ畑を出た川は、北区上賀茂地区に入り、激しく蛇行しながら南へ向かう。バス停にも「おおまがり」という名のものがある。
また、近くには砂ケ瀬、大岩などというバス停もあり、地形をよく表している。
この間には有名無名の小さな谷水が入り、キャンプ場もある。

 大岩バス停付近では、左岸に鞍馬川を迎える。しかし鞍馬川最下流部には大規模な堰堤があり、賀茂にはほとんど水を流さない。
鞍馬川流れ込みから少し南に行くと、洛北発電所がある。これは中津川の水を利用したもので、戦前に作られた古い施設。
タービンを回し、役割を終えた水は賀茂に戻される。これを得て賀茂は一気に水量を増し、立派な淵ができるなど川相も変化する。
発電所下の賀茂の淵には夏、川遊びの子らが集まり、ダイブに興じる。

■ すぐきの里へ

柊野堰堤

 発電所を過ぎて神山の裾を巡り、京産大のグラウンドを左手に見るあたりで、川は蛇行をやめ真っ直ぐに南へ向かう。
ここからは上賀茂と西賀茂を境して流れることになる。
南から来ると、勾配がきつくなってくるあたり、谷口にあたるところには大きな堰堤がある。
名を柊野堰堤と言い、二段の落差工を持つ。下の落差工には元からあった大岩が食い込んでいる。
ここも川ガキのダイビングスポットで、夏には賑わう。
また、「鴨川の滝」と称され、時代劇撮影に使用されることでも知られる(*参考「時代劇の風景・柊野堰堤」)

柊野堰堤上の賀茂川 横から見た堤体

 この堰から取られた水は、上賀茂・西賀茂の農地を潤す。
この一帯では京の伝統野菜を栽培しており、元々ここで作られていたすぐきや賀茂茄子の他、壬生菜や水菜に大根と、最近では市場でひっぱりだことなっている。上賀茂では今でも、独特の天秤を用いてすぐきを漬ける野漬けの光景が見られる。

志久呂橋付近 水の利用度が高いので、堰堤下ではしばらく細い流れが続く。
河川敷は広いが、水はその中をちょろちょろと蛇行しながらゆく。
水脈部分だけ見ると、左写真のような里川。
生い茂る草の中には、さまざまな鳥が潜んでいる。

■ デルタの西

 志久呂橋付近から、賀茂は向きを南東に振り、高野川との合流を目指す。
西賀茂橋まで来ると、川幅いっぱいに水が流れるようになるが、まだまだ浅瀬。
橋の上下には可愛らしい飛び石橋が設けられている。
そろそろ鴨川の風景の特徴のひとつである堰が見え出す頃、目を山に向けると、五山の送り火のひとつ・船形大文字の火床が眺められる。

船形大文字を望む 西賀茂橋

 賀茂川沿いには、京でも屈指の古社がある。上賀茂・下鴨の両社は鴨氏の祖霊を祀り、古来崇敬を集めてきた。
今も毎年五月に行われる葵祭の路頭の儀の行列は、御所を出て下鴨神社に入ったあと、賀茂堤を上賀茂神社へと向かう。

 上の写真は府立植物園脇に設けられた飛び石橋から上流を見たもの。
上賀茂神社付近から下の賀茂川では、このような堰堤が連続して設けられている。これは、鴨川の風景のいちばんの特徴。
傾斜のきつい暴れ川・鴨川に近年施されたもので、今ではすっかり風景に溶け込んでいる。
上写真右の柵は枝垂桜の棚。春には華やかな花を愛でる人々で賑わう。
うしろは植物園で、敷地内には昔の「杜」・半木の森が残り、流木神社も残る。植物園設置以前には、このあたりを中賀茂とも称した。
植物園は進駐軍に接収され荒れたが、現在は緑深い市民の憩いの場である。

北大路左岸から 植物園前飛び石橋 飛び石橋から下流望

 ここの飛び石橋の形はおにぎり型。飾りプレートにはコサギのレリーフ。
飛び石橋から下流を眺めやると、次の堰による湛水区間がはじまっているのが見える。
堰下の瀬には餌を狙ってサギたちが立ちこみ、堰上の静水域にはカモたちが浮かぶ。

飛び石橋 飛び石橋の間をゆく水は澄んでいて、瀬のあとも泡は見られない。ここの飛び石の間隔は狭く、高齢者でも渡りやすい。水深はごく浅く、くるぶしが浸かる程度。
 高野川と作るデルタ付近の賀茂川は、明治期の軍の地図によると伏流が激しかった模様で、涸れ川のように描かれている。そのぶんデルタには豊富な湧き水があった。これは高野川も同様で、両川が改修され河床を均されたあとには枯渇した泉も多い。

出雲路橋から 左上流、右下流望
出雲路橋付近河川敷 出雲路橋から大文字を望む

 高野川合流を間近にした賀茂川右岸一帯は「出雲路」という。
出雲の名は、六世紀頃この川辺に住みついた氏族・出雲氏からきている。
京でも暖冬のため雪は珍しくなり、たまさか銀世界が広がる日には早朝から人出がある。
その折には大文字火床も雪化粧し、くっきりと形をあらわす。

将軍塚青龍殿大舞台から賀茂川を遠望
橋は奥から北大路橋、出雲路橋、葵橋、出町橋

賀茂川 ■賀茂から鴨へ 
■洛中 ・今出川〜丸太町 ・丸太町〜御池 ・三条〜四条 ・五条〜九条
都の南 ■桂へ


*フレーム解除

▲鴨川表紙  ▲桂川  ▲淀川  ▲サイトトップ